社内では言えないけど ―私と部長の秘匿性高めな恋愛模様―
 手で覆ったままの顔は、部長の広い胸に押さえつけられている。
 状況を把握できた途端、驚きのあまり涙が止まった。
 私は大きく目を見開き、ひゅっと音を立てて息をのむ。
「意図したわけじゃなかったが、君を騙す形になってしまった。そんな負い目と罪悪感から、自分を制御してしまった。この気持ちは、決して伝えてはいけないと……」
 後悔からか、鼓膜を直接くすぐる部長の声が、ほんの少し震えた。
 私の身体に回された腕の逞しさとは真逆な、部長の繊細な想いが感じられて、かえって私は落ち着くことができた。
「……なこと、言わないでください」
 顔を隠すのをやめて、部長のパーカーを両手でぎゅっと握りしめる。
「私、騙されたなんて思ってません。この間逃げたのは、恥ずかしかったからです」
「……恥ずかしい?」
 わずかな間を置いて問い返され、私は部長の胸を軽く押した。
 彼の腕の力が緩み、そっと顔を上げると、まっすぐに目が合った。
 部長は私の返事を待っているのか、わずかに首を傾ける。
「だ、だって……部長も読んだでしょう? 私のブログ」
「? ああ?」
「それなら、私が部長のことどう思ってたか、筒抜けじゃないですか……」
 自ら明かす恥ずかしさで、嫌でも頬が熱くなった。
 なのに部長は、ここまで言ってもなお怪訝そうで、私たちの間の温度差が浮き彫りとなる。
「……気づいてなかった、ですか?」
「筒抜けだったのか?」
 互いに対する質問が被る。
 今度は微妙な沈黙がよぎった。
「あの……」
 私が思い切って切り出すと、部長は頷いて、先を促してくれる。
「私が部長のこと褒めすぎたせいで、他の読者さんに冷やかされてたの、知りませんか?」
「そうなのか?」
「私も無自覚だったので、指摘されて猛烈に恥ずかしかったけど……」
 私がぎこちなく目を逸らすと、彼はさらに角度をつけて首を傾けた。
「知らなかった。俺はブログに対する他の読者のコメントは、極力目を通さないよう気をつけていたから。他者が君に向けた言葉を、第三者が見ては失礼だろうと……」
「…………」
「そうと知っていたら、もっと早くアクションを起こしていた。君に先に言わせるなんて失態を冒さずに済んだよ」
 真剣な表情でボヤく部長に、私は呆気に取られたけれど。
「ふふ」
 すぐに相好を崩す。
 すると部長も、ワンテンポ遅れて目尻に皺を刻んだ。
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