社内では言えないけど ―私と部長の秘匿性高めな恋愛模様―
 そして。
「……宇佐美さん」
「?」
 部長の大きな手が頬に伸びてきて、私は導かれるがまま顔を上げた。
 返事をするより早く、部長の綺麗な顔が近づいてきて、瞬きすることも忘れる。
 ところが。
「あーっ。あの人たち、イチャついてる!」
 甲高い声が土手に響き渡り、ギクッとして固まった。
 近距離で視線を交わし合ってから、二人揃って声がした方向を見遣る。
「ひゅーひゅー! 熱い熱い!」
「真っ昼間から熱いね~お二人さんっ」
「見せつけんなよなー!」
 気づくと、先ほどまで空き地で行われていたサッカーの試合は終わっていて、たくさんの子供がこちらを指さして囃し立てていた。
 私と部長が呆気に取られて見下ろしていると、チームのコーチらしき男性が「こら~っ!」と声を挟んだ。
「お前たち、あまり冷やかすんじゃない! 失礼だろう?」
 パンパンパンと手を叩き、子供たちを諫めてから、ちらりとこちらを仰ぐ。
 そして、ぺこりと頭を下げると。
「あ、どーもっ! お邪魔してすみません。どうぞこちらは気になさらず、続けてくださ~い!」
 口の横にメガホンのように手を立て、声を張る。
「おじさん頑張れ~!!」
「上手くやれよーっ」
 子供たちは、コーチに追い立てられるようにして、転げるように走り出した。
 賑やかな様子を、私はポカンとしたまま見ていたけれど。
「……おじさん?」
 不服そうな呟きを聞いて、部長に視線を戻した。
「俺のことか?」
 再び目が合った私に、不服そうな顔で訊ねてくる。
「そ……そう……かもしれませんね……」
 どういう返事が正解かわからず、微妙な濁し方で返した。
 けれど部長は眉間に皺を寄せ、がっくりと肩を落とした。
「あの、でもっ。小学生から見たら、二十五歳の私だっておばさんですし!」
「君がおばさんなら、三十五の俺はお祖父さんと言われても仕方がないってことだな」
 フォローしたつもりだけど不発に終わったようで、私は焦って目を泳がせた。
「その上なんだ、あの保護者は。続けてくださいって、続けられるわけないだろうが」
 ボソッと口にした彼は、本気で苦々しそうだ。
 こののんびりほんわかした河川敷の情景とそぐわなすぎて、私はおかしくなってしまった。
「ふふ。ふふふっ……」
 照れくささもあって、口元に手を当て、クスクス笑う。
 部長は、ゆっくり顔から手を離した。
 私に目を落とし、『やれやれ』といった感じで眉尻を下げる。
 そして。
「小腹が減ってきたな。カフェにでも行かないか?」
 私の頭に手をのせ、軽く弾ませる。
「今までのこと、これからのこと、ゆっくりたくさん話をしよう」
「はいっ」
 私が顔を綻ばせて返事をすると、部長は深く頷いた。
 私の背中を押して歩を促し、二人並んで土手を登る。
 登り切る前に部長が一歩先に出て、私に手を差し伸べた。
 私が躊躇することなく手を預けると、力強く引っ張ってくれる。
 遊歩道に戻っても、手は解かれなかった。
 部長の手をぎゅっと握りしめたまま、私は一歩一歩前に進んだ。
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