虐げられていた偽りの姫は(自称底辺の)最強魔術師に甘やかされる
「ソフィア……」

 辛い記憶をできれば共有したくなかった。それでも、ソフィアを最期まで守り続けた母がいるということを知ってほしかった。
 ルイスは、ソフィアの脳内に過去の出来事を映像として流れるように魔術をかけた。淡く白い光の中で、ソフィアは忘れていた記憶を取り戻す。

「おかあさま……」

 自分の命のために子どもを売るような人ではなかった。リカルドの言葉は全て間違っていたのだ。

「信じるな、ソフィア! ルイスはこの世界で最強の魔術師だ。そんな記憶など嘘でしかない!」

 リカルドは必死にソフィアを取り戻そうとする。しかしソフィアの耳に聞こえてくるのは、ルイスの穏やかで、偽りのない真実だけ。

「ソフィアを守るために、オリヴィア様は全力を尽くしていた。僕はあのとき誓ったんだ。必ず迎えに行く。そのために強くならなければいけないと」

 どんな試練にも耐えた。いつかソフィアを迎えに行けるように。そして守れるように。そのためなら、どんなことでもしようと思った。

「ソフィア、僕のことを信じてくれなくていい。それでも、僕は──」

 ソフィアの瞳に少しだけ光が戻ったように見えた。しかし、リカルドの手は依然として彼女を離さなかった。

「お前が何を言おうと無駄だ、ルイス。ソフィアはもう俺のものだ」
「……ソフィアは誰のものでもない!」

 その瞬間、ルイスの目が鋭く光り、再び魔術を発動させた。今度は、リカルドの注意を逸らすために幻影を使う。廃屋の中に無数のルイスの影が現れ、リカルドの視界を混乱させた。

「な、何だこれは……!」

 その隙を突いて、ルイスは素早く動きリカルドの手からソフィアを引き離した。リカルドは激怒し、魔術で反撃しようとしたが、ルイスの強力な結界に阻まれる。

「リカルド、ここで終わりだ」

 ルイスは冷静に言い放ち、魔術を集中させる。もう二度と、ソフィアが奪われないように。
 あんな思いを、しないために。

「ならば力で証明してみろ、ルイス!」リカルドは叫び、闇の魔術を放った。巨大な闇の渦がルイスに向かって襲いかかる。

 ルイスは瞬時に光の防御壁を展開し、その攻撃を受け止めた。二人の間で激しい魔術の戦いが繰り広げられ、廃屋は揺れ動き、瓦礫が飛び散る。ソフィアを目を開けているので精一杯だった。
 ルイスは一歩も引かず、リカルドの暗黒の力に対抗して光の矢を放った。その矢は空中で複数に分裂し、リカルドを取り囲むように飛び交う。
 その瞬間、リカルドは闇の力をさらに強化し、巨大な闇の渦を生み出した。その渦は廃屋全体を飲み込む勢いで迫ってきた。
 ルイスは自らの力を最大限に引き出し、光の防壁を作り出した。

「ルイス様……!」

 ソフィアは驚きと共に彼の名を叫んだ。

 リカルドの闇の渦とルイスの光の防壁が激突し、激しい閃光と音が廃屋を包み込んだ。その衝撃は外部にまで響き渡り、まるで地震のように感じられた。

「これで終わりだ、リカルド!」

 リカルドは最後の抵抗を試みたが、ルイスの圧倒的な力に打ちのめされ、地面に倒れ込んだ。守るように抱きしめていたソフィアからゆっくり離れると、ルイスはリカルドに近付いた。

「……お前と俺は違う」

 語り掛けるように、ルイスは言った。

「ソフィアは俺にとって特別な存在だ」

 誰がなんと言おうと、それだけは変わらない。
 自分はソフィアのために生きてきたのだ。それ以外の目的などなにもなかった。
 信用されずともよい。それでソフィアがまた生きていけるのなら。自分を大切にしていけるのなら。

 ソフィアはルイスが初めて「俺」と名乗るのを聞いた。知っているルイスではないような、ひどく冷たいような人に見えるのに、どうしてか離れたくない。

「……ソフィア……俺は、俺は諦めないぞ!」
「黙れ」

 ルイスはリカルドの頭を踏みつける。顔が潰れるように、ソフィアを傷つけた痛みを植えつけるように。

「彼女を傷つける者は、どんな人間だろうと許さない」

 ルイスは静かに魔術を唱えた。心の中で唱える力では弱い。最大値まで魔力を引き上げる必要がある。
 ──この男を消すために。
 その瞬間、リカルドが転がる床が真っ黒な円が浮かび上がった。まるで地獄の果てにでも繋がっているように見えて、ソフィアは息を吞む。

 これは、ルイス様の魔術……?

 これまで、とても柔らかなものばかりを見てきたのだとソフィアは知った。魔術は人を痛めつけることもできる。魔の空間を呼び出すことだってできてしまうのだ。

「ソフィアの前に現れることを禁ずる」

 ルイスが言うと、リカルドは苦痛の叫びを上げながら崩れ落ち、その姿は闇に飲み込まれて消えていった。ルイスは息を整えながら、ソフィアを見つめた。そこには、あの冷酷さはどこにも感じ取れない。

「……怖いものを、見せてしまったね」
「あの人は……死んでしまわれたのですか……?」
「いや、ここから追放しただけだ。この国にはもう戻って来られないような魔術はかけたけれど」

 ルイスは申し訳なさそうに告げる。

「君を、傷つけたくなかった」

 いつもなら、ルイスから触れられることが多いのに、ルイスはソフィアに近付こうとしない。

「過去を伏せていたのは、……君が思い出せば受け止められないかもしれないと思ったからだ。でも、それは傲慢だった」
「……ルイス様」
「受け止められなくても、それでもソフィアに打ち明けるべきだった。最初から、まるで偶然を装って、初めて会うように演じる必要もなかったんだ。それなのに、俺は……怖いと思ってしまった」

 ルイスは、片手で自身の顔を覆った。

「……君に嫌われることを恐れていた。話すべきだと思っていたのに、知らないほうが幸せなんじゃないかと言い聞かせて。悪いものから遠ざけるようにして、君を僕の手元から離れられないようにしてしまった」
「それは、ルイス様が……私を守って」
「そうじゃない」

 ルイスは力なくソフィアの言葉を遮った。

「守れるだけの自信がなかった。そこまでの力がついているわけでもないのに、君を見つけて、すぐに城へと連れ戻していた」
「それは……」
「もし本当の意味で君を守れるだけの力があったら、こうして君を傷つけることなんてなかったはずだ」

 すまない、とルイスは悲痛な声音で謝った。

「俺は君のそばにいていい人間ではない」
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