虐げられていた偽りの姫は(自称底辺の)最強魔術師に甘やかされる
そこには、月の光を背負ったルイスが立っていた。
助けに来てもらえた。そのことに心からホッとしたソフィアだったが、それと同時にリカルドの声が脳内で再生された。大切にされた理由が、自分ではなく、自分に備わっている力の故のものだとするなら。
「ソフィアを解放してもらおうか」
ルイスの目には鋭い光が宿り、怒りと決意が表れていた。対するリカルドは冷笑を浮かべながら立ち上がり、ソフィアを盾にするように一歩後退した。
「大人しく引き渡すと思うか? お前だって俺と同じだろう」
「同じ?」
「ソフィアの力が欲しいだけ。そのために今日まで匿ってきたはずだ、そうでなければこんな女に用はないだろう。次期国王候補として最も有力なお前が、ただの平民にこんなにも優しくする理由が他にあるとは思えねえな」
ルイスは一瞬視線をソフィアに移し、彼女の目を見つめた。その瞳には恐怖と混乱が宿っていたが、ルイスは深く息を吸い込んだ。
「リカルド、お前は何もわかっていない」
ルイスは低く言い放ち、その手に再び魔術の力を集中させた。
「ソフィアに興味があるのは事実だが、彼女を利用しようなんて考えたことは一度もない」
「ならばなぜ、彼女に真実を話さなかったんだ? 家族のことも、保持している力のことも、なにもかもを伏せてソフィアに近付いたのだろう。それは、いずれソフィアを利用する上で厄介になるから伏せていたんじゃないのか」
そこでようやく、ルイスはソフィアが全てのことを知ってしまったことに気付いた。
「……そうか、聞いてしまったんだね」
「ルイス様……」
「黙っていてすまない。俺は、君の過去を知っていた。その力のことも」
「ほら見ろ! ルイスはお前を利用しただけだ!」
ソフィアはルイスを見つめた。しかし、ルイスが否定する言葉を続けることはなかった。リカルドは嘲笑う。
「綺麗事だったんだよ、お前がルイスといた時間は。ルイスも所詮、権力欲に取り憑かれた男だ」
そんなはずはない、と言ってしまいたかった。ソフィアにとって、ルイスといた時間は、これまで過ごしてきたどの時間よりも幸福だったからだ。それなのに、ルイスはまるでリカルドの発言を認めるように沈黙を貫いた。
「……ルイス様は、どうして私を拾ってくださったのですか」
「それは──」
ルイスは答えなかった。なにも。
それが全てだとソフィアは察してしまった。これまでの時間が全て偽りだったのだと知ってしまえば、あっさりと納得できた。ルイスが自分を大切にしてくれたのは、力があったから。ただ、それだけでしかなかったのだ。
ソフィアの心は冷たく沈んでいった。温かかったはずの思い出が、すべて色褪せていくような感覚に襲われた。
「あはは! 愉快だよなあ、信頼が壊れていくというのは! お前の母親にも見せてやりたかったぜ、お前を売ろうとした最低の母親にな!」
「リカルド……!」
ルイスは魔術を発動させようとした。しかしすぐにリカルドはソフィアを盾にした。
「動くな。お前が何かしでかせば、ソフィアが死ぬぞ」
リカルドの冷たい声が廃屋の中に響き渡る。ルイスは拳を強く握りしめながらも、動きを止めざるを得なかった。彼の視線はソフィアの顔に注がれている。彼女の瞳は悲しみと絶望に染まり、まるで生気を失ったかのように見えた。
「ソフィア……」
手を伸ばせばすぐそこにいる。それなのに、どうにもできない自分がもどかしい。近付こうとしたルイスにリカルドは声をあげた。
「おいっ!」
ソフィアの肩を強く掴む。
「お前が何を言おうと、彼女はもうお前を信じないだろうよ」
ルイスの心は痛みで引き裂かれそうだった。ようやく自分の元に来てくれたのに。ようやくあのときの約束が果たせそうなのに。
「……ソフィア、リカルドの言葉を信じないでくれ」
どんなときでも、ソフィアの心にはルイスの柔らかな声が届いていた。それなのに今は、まるで石のように硬くなり、ひとつも届かなくなってしまった。
「……間違っている。君の母のことを、俺はよく知っている」
話すべきではないと判断し、ずっと胸に秘めてきた過去。忌々しいこの記憶には、どうしてもソフィアの存在がある。だからこそ生きてこられたとも言えるが、それでもルイスはできるだけ、このことを自らの口から話したくはなかった。
それでも、話さなければいけないようだった。自分とソフィアが、過去に会ったことがあることを。その事実が──彼女の母の死に直結してしまうことも。
「……ソフィア、君の母は……君を守るために死んだんだよ」
ソフィアの瞳が、ゆらりとルイスへと向けられた。かすかに、声が届いているらしい。
「僕たちは、幼いころに会っているんだ。信じられないかもしれないけれど、あの城に君は一時期いたんだよ」
「……え?」
「僕と君が出会ったのは、君の母に特別な力があると王にわかったときだ」
父親の付き添いで、シャウマン国に視察に行ったときのこと。
とても可愛らしく、よく笑うような少女だった。庭を自由に駆け回るその姿は小鳥のように愛らしく、そして花々を愛でるような感性を持ち合わせていた。
『ここのお庭、とてもすき』
『花が好きなのかい?』
『いちばんすき』
その笑顔に、ルイスは釘付けとなった。彼女を守ってあげたい。心からそう思った。どれぐらい一緒にいられるのだろうか。このままずっと一緒にいてくれたらいい。そのころ、ルイスは王になるための英才教育として分刻みの習い事や勉強を繰り返すだけの日々だった。ソフィアとの時間は息抜きするにはちょうどよく、そして心が洗われていくような気がしていた。
穏やかな日々が続いていたある日、ソフィアがいる城へと遊びに行ったとき、城内が騒がしいことに気付いた。どこかから「逃亡した」という声が聞こえてくる。慌ててソフィアがいる部屋へと向かう。もしかして彼女がいなくなってしまったのか。
けれどソフィアは部屋のソファーで眠っていた──血まみれの姿で。
その横には同じく真っ白なドレスを赤く染めたオリヴィアがいた。
思わず叫んでしまいそうになったルイスだったが、ソフィアの母であるオリヴィアはルイスを見つけると、害を与えないというような笑みを浮かべた。
『おどろかせて……ごめんなさい……。今だけ、ゆるしてほしいの』
とんでもないケガだ。ソフィアも同じなら、これは眠っているのではなく、死んでしまっているのではないか。すぐに駆け寄りたかったが、足は一歩も動かなかった。
『……だいじょうぶ、この子は無事。殺されそうになったけど、わたしが……この子の傷を引き受けたから……』
『ソフィアが……殺されそうになったんですか……?』
『……ええ、わたしが、言うことを聞かないから……そうしたみたい』
『そんな……ひどい』
ルイスは怒りに支配されそうになっていた。けれどオリヴィアがすぐに笑いかける。
『……悪いのは、この力のせい……誰も悪くないの。だから、恨まないであげて』
『そういうわけには……!』
『お願いが、あるの』
オリヴィアは、最後の力を振り絞るように、ソフィアの頬をそっと撫でた。
『この子を……守って。どういう手段でも構わない……この子が生きてさえくれれば、それでいいから』
『あなたは……あなたはどうなるんですか』
すぐに医者を呼ばなければ。しかしルイスの心の声を読み取ったようにオリヴィアは首をわずかに振った。
『これでいい……わたしがいなくなれば、しばらくは落ち着くはず。……この子にも力が流れてしまっているけど、この子が自分で自分を守れるように……自分のことを大切にできるように、してあげて』
オリヴィアはゆっくりと目を閉じた。
『待ってください……! そのままでは本当に死んでしまう!』
『こんなこと、お願いして、ごめんなさい……でも、あなたにしか頼めないから』
自分は無力だ。目の前で息絶えていくオリヴィアを見て、ルイスは強くなりたいと思った。このままではソフィアを守れない。
そのとき、一斉に人が駆けこんできた。
『逃亡者発見。おそらく死んでいるものと思われます』
『子どもを確保。すぐに連行します』
オリヴィアとソフィアが引き離されていく。そこにルイスは必死に抵抗した。
『やめろ……! その人たちを連れて行くな! やめてくれ!』
しかし、全てが無駄に終わった。ルイスは身動きができないよう動きを止められ、オリヴィアとソフィアは別々の場所に連れて行かれた。ただその光景を、涙を流して見ていることしかできなかった。
このまま何もできないのか……そんなわけにはいかない……せめて何か、何か……。
ルイスは、自分が引き出せる最大の魔力を使って、ソフィアに魔術をかけた。彼女の命が危険にさらされることがないように、守りのようなものをかけるだけで精一杯だった。
「ソフィア!」
いつか必ず、君を見つける。守ってみせる。だから耐えてほしい。僕が強くなるまで。僕が君を迎えに行くまで。
助けに来てもらえた。そのことに心からホッとしたソフィアだったが、それと同時にリカルドの声が脳内で再生された。大切にされた理由が、自分ではなく、自分に備わっている力の故のものだとするなら。
「ソフィアを解放してもらおうか」
ルイスの目には鋭い光が宿り、怒りと決意が表れていた。対するリカルドは冷笑を浮かべながら立ち上がり、ソフィアを盾にするように一歩後退した。
「大人しく引き渡すと思うか? お前だって俺と同じだろう」
「同じ?」
「ソフィアの力が欲しいだけ。そのために今日まで匿ってきたはずだ、そうでなければこんな女に用はないだろう。次期国王候補として最も有力なお前が、ただの平民にこんなにも優しくする理由が他にあるとは思えねえな」
ルイスは一瞬視線をソフィアに移し、彼女の目を見つめた。その瞳には恐怖と混乱が宿っていたが、ルイスは深く息を吸い込んだ。
「リカルド、お前は何もわかっていない」
ルイスは低く言い放ち、その手に再び魔術の力を集中させた。
「ソフィアに興味があるのは事実だが、彼女を利用しようなんて考えたことは一度もない」
「ならばなぜ、彼女に真実を話さなかったんだ? 家族のことも、保持している力のことも、なにもかもを伏せてソフィアに近付いたのだろう。それは、いずれソフィアを利用する上で厄介になるから伏せていたんじゃないのか」
そこでようやく、ルイスはソフィアが全てのことを知ってしまったことに気付いた。
「……そうか、聞いてしまったんだね」
「ルイス様……」
「黙っていてすまない。俺は、君の過去を知っていた。その力のことも」
「ほら見ろ! ルイスはお前を利用しただけだ!」
ソフィアはルイスを見つめた。しかし、ルイスが否定する言葉を続けることはなかった。リカルドは嘲笑う。
「綺麗事だったんだよ、お前がルイスといた時間は。ルイスも所詮、権力欲に取り憑かれた男だ」
そんなはずはない、と言ってしまいたかった。ソフィアにとって、ルイスといた時間は、これまで過ごしてきたどの時間よりも幸福だったからだ。それなのに、ルイスはまるでリカルドの発言を認めるように沈黙を貫いた。
「……ルイス様は、どうして私を拾ってくださったのですか」
「それは──」
ルイスは答えなかった。なにも。
それが全てだとソフィアは察してしまった。これまでの時間が全て偽りだったのだと知ってしまえば、あっさりと納得できた。ルイスが自分を大切にしてくれたのは、力があったから。ただ、それだけでしかなかったのだ。
ソフィアの心は冷たく沈んでいった。温かかったはずの思い出が、すべて色褪せていくような感覚に襲われた。
「あはは! 愉快だよなあ、信頼が壊れていくというのは! お前の母親にも見せてやりたかったぜ、お前を売ろうとした最低の母親にな!」
「リカルド……!」
ルイスは魔術を発動させようとした。しかしすぐにリカルドはソフィアを盾にした。
「動くな。お前が何かしでかせば、ソフィアが死ぬぞ」
リカルドの冷たい声が廃屋の中に響き渡る。ルイスは拳を強く握りしめながらも、動きを止めざるを得なかった。彼の視線はソフィアの顔に注がれている。彼女の瞳は悲しみと絶望に染まり、まるで生気を失ったかのように見えた。
「ソフィア……」
手を伸ばせばすぐそこにいる。それなのに、どうにもできない自分がもどかしい。近付こうとしたルイスにリカルドは声をあげた。
「おいっ!」
ソフィアの肩を強く掴む。
「お前が何を言おうと、彼女はもうお前を信じないだろうよ」
ルイスの心は痛みで引き裂かれそうだった。ようやく自分の元に来てくれたのに。ようやくあのときの約束が果たせそうなのに。
「……ソフィア、リカルドの言葉を信じないでくれ」
どんなときでも、ソフィアの心にはルイスの柔らかな声が届いていた。それなのに今は、まるで石のように硬くなり、ひとつも届かなくなってしまった。
「……間違っている。君の母のことを、俺はよく知っている」
話すべきではないと判断し、ずっと胸に秘めてきた過去。忌々しいこの記憶には、どうしてもソフィアの存在がある。だからこそ生きてこられたとも言えるが、それでもルイスはできるだけ、このことを自らの口から話したくはなかった。
それでも、話さなければいけないようだった。自分とソフィアが、過去に会ったことがあることを。その事実が──彼女の母の死に直結してしまうことも。
「……ソフィア、君の母は……君を守るために死んだんだよ」
ソフィアの瞳が、ゆらりとルイスへと向けられた。かすかに、声が届いているらしい。
「僕たちは、幼いころに会っているんだ。信じられないかもしれないけれど、あの城に君は一時期いたんだよ」
「……え?」
「僕と君が出会ったのは、君の母に特別な力があると王にわかったときだ」
父親の付き添いで、シャウマン国に視察に行ったときのこと。
とても可愛らしく、よく笑うような少女だった。庭を自由に駆け回るその姿は小鳥のように愛らしく、そして花々を愛でるような感性を持ち合わせていた。
『ここのお庭、とてもすき』
『花が好きなのかい?』
『いちばんすき』
その笑顔に、ルイスは釘付けとなった。彼女を守ってあげたい。心からそう思った。どれぐらい一緒にいられるのだろうか。このままずっと一緒にいてくれたらいい。そのころ、ルイスは王になるための英才教育として分刻みの習い事や勉強を繰り返すだけの日々だった。ソフィアとの時間は息抜きするにはちょうどよく、そして心が洗われていくような気がしていた。
穏やかな日々が続いていたある日、ソフィアがいる城へと遊びに行ったとき、城内が騒がしいことに気付いた。どこかから「逃亡した」という声が聞こえてくる。慌ててソフィアがいる部屋へと向かう。もしかして彼女がいなくなってしまったのか。
けれどソフィアは部屋のソファーで眠っていた──血まみれの姿で。
その横には同じく真っ白なドレスを赤く染めたオリヴィアがいた。
思わず叫んでしまいそうになったルイスだったが、ソフィアの母であるオリヴィアはルイスを見つけると、害を与えないというような笑みを浮かべた。
『おどろかせて……ごめんなさい……。今だけ、ゆるしてほしいの』
とんでもないケガだ。ソフィアも同じなら、これは眠っているのではなく、死んでしまっているのではないか。すぐに駆け寄りたかったが、足は一歩も動かなかった。
『……だいじょうぶ、この子は無事。殺されそうになったけど、わたしが……この子の傷を引き受けたから……』
『ソフィアが……殺されそうになったんですか……?』
『……ええ、わたしが、言うことを聞かないから……そうしたみたい』
『そんな……ひどい』
ルイスは怒りに支配されそうになっていた。けれどオリヴィアがすぐに笑いかける。
『……悪いのは、この力のせい……誰も悪くないの。だから、恨まないであげて』
『そういうわけには……!』
『お願いが、あるの』
オリヴィアは、最後の力を振り絞るように、ソフィアの頬をそっと撫でた。
『この子を……守って。どういう手段でも構わない……この子が生きてさえくれれば、それでいいから』
『あなたは……あなたはどうなるんですか』
すぐに医者を呼ばなければ。しかしルイスの心の声を読み取ったようにオリヴィアは首をわずかに振った。
『これでいい……わたしがいなくなれば、しばらくは落ち着くはず。……この子にも力が流れてしまっているけど、この子が自分で自分を守れるように……自分のことを大切にできるように、してあげて』
オリヴィアはゆっくりと目を閉じた。
『待ってください……! そのままでは本当に死んでしまう!』
『こんなこと、お願いして、ごめんなさい……でも、あなたにしか頼めないから』
自分は無力だ。目の前で息絶えていくオリヴィアを見て、ルイスは強くなりたいと思った。このままではソフィアを守れない。
そのとき、一斉に人が駆けこんできた。
『逃亡者発見。おそらく死んでいるものと思われます』
『子どもを確保。すぐに連行します』
オリヴィアとソフィアが引き離されていく。そこにルイスは必死に抵抗した。
『やめろ……! その人たちを連れて行くな! やめてくれ!』
しかし、全てが無駄に終わった。ルイスは身動きができないよう動きを止められ、オリヴィアとソフィアは別々の場所に連れて行かれた。ただその光景を、涙を流して見ていることしかできなかった。
このまま何もできないのか……そんなわけにはいかない……せめて何か、何か……。
ルイスは、自分が引き出せる最大の魔力を使って、ソフィアに魔術をかけた。彼女の命が危険にさらされることがないように、守りのようなものをかけるだけで精一杯だった。
「ソフィア!」
いつか必ず、君を見つける。守ってみせる。だから耐えてほしい。僕が強くなるまで。僕が君を迎えに行くまで。