虐げられていた偽りの姫は(自称底辺の)最強魔術師に甘やかされる
「叩きつけたなど、そんな滅相な……申し訳ありません」
「いいんだよ、ただ、その条件が僕にはなんのデメリットがないから」
ソフィアがルイスに申し出た願いは一つ。
【チャップマン家に勤める使用人たちの新しい働き口】
これが約束されるのであればソフィアはなんだってよかった。自分が条件つきで雇ってもらうなど図々しいとわかってはいたが、エライザには私がなんとかするとまで宣言したのだ。
エライザにも被害が及ばないようにするためには、ここを利用するほかなかったのだ。そしてそれら条件をルイスは、もちろんだ、の一言であっさりと解釈したのだった。
そのままソフィアは流れるようにエライザを含めた使用人たちに別れの挨拶を告げ、また会おうと約束を交わした。特にエライザがいなければソフィアがこの七年、チャップマン家で働いてこられなかったかもしれない。それだけ助けられたことが多く、さすがに彼女との別れを辛かった。
『ルイス様がね、いつでも遊びに行っていいって仰ってくださったの。だからソフィア、私たちはまた会えるのよ』
なかなか馬車に乗り込もうとしないソフィアに、エライザは勇気付け、そして心からのありがとうを贈った。あなたがいなければ私はどうなっていたか……。彼女たちはルイスお墨付きの善良な働き口で新しくやり直していく。
「ソフィア、君も彼女たちに会いたくなればいつでも会いに行ったらいい」
「そんな……私はもう十分願いを叶えていただいていますから」
これ以上何を望むというのか。すでに罰が与えられるのではないかというほど自分は恵まれている。ほかにもなどと欲張れば罰が与えられてしまう。
しかしルイスは白銀の髪を肩の上で揺らしソフィアを見つめる。
「君の願いはいくらでも叶えるよ」
それが僕の願いだと、そうつけくわえたルイスに、ソフィアはかっと頬が赤くなる。そんなやさしさなど今まで一度だって与えられたことはない。だからこんなとき、どんな顔をして、どんな言葉を返せば正しいのかソフィアは自身の手元を見るしか選択がなかった。
そんなソフィアを愛おしげな眼差しで慈しむルイス──の隣には、甘い雰囲気にあてられたマージが馬車酔いならぬイチャイチャ酔いに苦しんでいた。
こほん、とわざとらしい咳払いをマージがすると、これまたわざとらしくルイスが「おや、マージ、風邪か?」と憎たらしい顔で聞く。いい加減にしてほしい、とやれやれ顔を引っ込めながらマージは口を開いた。
「それでルイス様、これからどうするおつもりなのですか?」
「どうもこうもソフィアと共に帰る、それだけだ」
「なにがそれだけですか。あなた、今どんなことをやらかそうとしているかご自身で理解されているんですか?」
「そんなかっかしてると魔力を消耗するよ」
「消耗させないでください!」
とんでもない主人を持ったなと、これまで何度頭を抱えてきたか。今回の件に関しては問題が特大級だからか、優秀だと称されるマージでさえもため息が止まらない。
ちらりとソフィアに視線をやれば、だらりと伸びた紅い髪と粗末なメイド服がいっそうみすぼらしい印象を助長させている。髪に艶はなく、パサついている。ここ最近新調したほうきの方がまだ綺麗かもしれない。そして服はつぎはぎだらけであり、あわせの布でなんとか今の形態を保っているようだった。
よりにもよってこの人を婚約者と迎えるなんて。
「あ、あのう……」
マージがソフィアを見定めていると、その当人が申し訳なさそうに身を乗り出した。
「本当にその、雇っていただけるのでしょうか?」
「ああ、もちろん」
「でも、いいんでしょうか?」
ルイスの大丈夫だという頷きでさえも、ソフィアは心配でたまらなかった。
「私はこれといった特技もございませんし、その……学もございません」
「学? ソフィア、学校に行ったことはないのか?」
「はい、十歳のころからチャップマン様のところでお世話になっておりましたから」
「そうか……」
これにはさすがのルイスもおどろいたが、半分納得もしていた。ソフィアの過去からは、あの家以外の光景というものが見えなかったのだ。
「ですから、私などを雇っていただくには、その……私から申し出たことですが烏滸がましいのではと」
「ソフィア」
ルイスが陽光のような、おだやかで温かな日差しをソフィアに向けた。
「学がないことを恥じることはない。学など、これからいくらでも身につけられる」
「え……」
「だから大丈夫だ、ソフィア。君は僕にとって必要な人なんだよ。自分にはなにもないと思わないでくれ」
「ですが……」
「なにも持たぬ人間などいない。誰しもが誰かの特別なんだ」
そして、とルイスは言葉を続ける。
「僕はソフィアが特別だ。会って間もないと思うかもしれないが、特別とは時に時間ではないと思っていてね。だからソフィア、自分を落とし込まなくていい。自分で自分を見下すなんて、そんなの僕が許さないよ」
碧い、碧い、海。なんでも受け入れてしまう、きらきらとしたら海面が、ソフィアの目の前に広がっている。ルイスはソフィアの心配や不安をぜんぶ飲み込んでしまった。受け止めてしまった。
「ほらソフィア、ここが君の新しい家だ」
なんとも言えぬ感動が押し寄せている中、ソフィアは窓から見えた光景に息を呑んだ。
「いいんだよ、ただ、その条件が僕にはなんのデメリットがないから」
ソフィアがルイスに申し出た願いは一つ。
【チャップマン家に勤める使用人たちの新しい働き口】
これが約束されるのであればソフィアはなんだってよかった。自分が条件つきで雇ってもらうなど図々しいとわかってはいたが、エライザには私がなんとかするとまで宣言したのだ。
エライザにも被害が及ばないようにするためには、ここを利用するほかなかったのだ。そしてそれら条件をルイスは、もちろんだ、の一言であっさりと解釈したのだった。
そのままソフィアは流れるようにエライザを含めた使用人たちに別れの挨拶を告げ、また会おうと約束を交わした。特にエライザがいなければソフィアがこの七年、チャップマン家で働いてこられなかったかもしれない。それだけ助けられたことが多く、さすがに彼女との別れを辛かった。
『ルイス様がね、いつでも遊びに行っていいって仰ってくださったの。だからソフィア、私たちはまた会えるのよ』
なかなか馬車に乗り込もうとしないソフィアに、エライザは勇気付け、そして心からのありがとうを贈った。あなたがいなければ私はどうなっていたか……。彼女たちはルイスお墨付きの善良な働き口で新しくやり直していく。
「ソフィア、君も彼女たちに会いたくなればいつでも会いに行ったらいい」
「そんな……私はもう十分願いを叶えていただいていますから」
これ以上何を望むというのか。すでに罰が与えられるのではないかというほど自分は恵まれている。ほかにもなどと欲張れば罰が与えられてしまう。
しかしルイスは白銀の髪を肩の上で揺らしソフィアを見つめる。
「君の願いはいくらでも叶えるよ」
それが僕の願いだと、そうつけくわえたルイスに、ソフィアはかっと頬が赤くなる。そんなやさしさなど今まで一度だって与えられたことはない。だからこんなとき、どんな顔をして、どんな言葉を返せば正しいのかソフィアは自身の手元を見るしか選択がなかった。
そんなソフィアを愛おしげな眼差しで慈しむルイス──の隣には、甘い雰囲気にあてられたマージが馬車酔いならぬイチャイチャ酔いに苦しんでいた。
こほん、とわざとらしい咳払いをマージがすると、これまたわざとらしくルイスが「おや、マージ、風邪か?」と憎たらしい顔で聞く。いい加減にしてほしい、とやれやれ顔を引っ込めながらマージは口を開いた。
「それでルイス様、これからどうするおつもりなのですか?」
「どうもこうもソフィアと共に帰る、それだけだ」
「なにがそれだけですか。あなた、今どんなことをやらかそうとしているかご自身で理解されているんですか?」
「そんなかっかしてると魔力を消耗するよ」
「消耗させないでください!」
とんでもない主人を持ったなと、これまで何度頭を抱えてきたか。今回の件に関しては問題が特大級だからか、優秀だと称されるマージでさえもため息が止まらない。
ちらりとソフィアに視線をやれば、だらりと伸びた紅い髪と粗末なメイド服がいっそうみすぼらしい印象を助長させている。髪に艶はなく、パサついている。ここ最近新調したほうきの方がまだ綺麗かもしれない。そして服はつぎはぎだらけであり、あわせの布でなんとか今の形態を保っているようだった。
よりにもよってこの人を婚約者と迎えるなんて。
「あ、あのう……」
マージがソフィアを見定めていると、その当人が申し訳なさそうに身を乗り出した。
「本当にその、雇っていただけるのでしょうか?」
「ああ、もちろん」
「でも、いいんでしょうか?」
ルイスの大丈夫だという頷きでさえも、ソフィアは心配でたまらなかった。
「私はこれといった特技もございませんし、その……学もございません」
「学? ソフィア、学校に行ったことはないのか?」
「はい、十歳のころからチャップマン様のところでお世話になっておりましたから」
「そうか……」
これにはさすがのルイスもおどろいたが、半分納得もしていた。ソフィアの過去からは、あの家以外の光景というものが見えなかったのだ。
「ですから、私などを雇っていただくには、その……私から申し出たことですが烏滸がましいのではと」
「ソフィア」
ルイスが陽光のような、おだやかで温かな日差しをソフィアに向けた。
「学がないことを恥じることはない。学など、これからいくらでも身につけられる」
「え……」
「だから大丈夫だ、ソフィア。君は僕にとって必要な人なんだよ。自分にはなにもないと思わないでくれ」
「ですが……」
「なにも持たぬ人間などいない。誰しもが誰かの特別なんだ」
そして、とルイスは言葉を続ける。
「僕はソフィアが特別だ。会って間もないと思うかもしれないが、特別とは時に時間ではないと思っていてね。だからソフィア、自分を落とし込まなくていい。自分で自分を見下すなんて、そんなの僕が許さないよ」
碧い、碧い、海。なんでも受け入れてしまう、きらきらとしたら海面が、ソフィアの目の前に広がっている。ルイスはソフィアの心配や不安をぜんぶ飲み込んでしまった。受け止めてしまった。
「ほらソフィア、ここが君の新しい家だ」
なんとも言えぬ感動が押し寄せている中、ソフィアは窓から見えた光景に息を呑んだ。