虐げられていた偽りの姫は(自称底辺の)最強魔術師に甘やかされる
連れられた先はお城
「な、なんですか……ここ……」
ソフィアは馬車から降りると、より一層おどろきを隠せないでいた。
なぜならソフィアの目の前には今、空高く聳え立つ立派な建物が現れているからだ。真っ白な外壁といくつもの窓、屋根は淡いブルーが使用されている。言ってしまえばここは──。
「お、お城……」
以前、ハンナたちの間に話題になった絵本を思い出す。ゴミ箱に捨てられていたというその絵本をエライザがこっそりと拾い、ソフィアにも読んでくれた。王子様が迎えに来てくれるという絵本には、今目の前にあるお城そっくりのものが描かれていた。
しかし、ルイスは「お城?」と確信犯めいた顔をして微笑むだけで、ソフィアは口を開けながらまた立派な城(※王都の宮殿)を見上げた。
「あれ……ここは、お城ではないのでしょうか?」
「まさか。この底辺魔術師の僕がお城なんかに住めるわけないじゃないか」
ソフィアのあからさまに怪訝な目を心底たのしむようにルイスは否定を続ける。
「これは僕が魔法で築き上げた、ただの箱なんだ」
「箱……」
「ああ、本物の城はもっと豪華で大きいよ」
「ここも……大きいです」
「まあチャップマン家に比べたらそうかもしれないね。さ、中に入ろう」
ははは、と事実を笑い飛ばしながらルイスはそっとソフィアを自身の屋敷へと促した。しかしソフィアはぴたりと、まるで足から地面に根っこを生やしたかのように、一切動こうとはしない。
「ソフィア?」
「あ、あの……使用人出入り口はどこでしょうか?」
虚をつかれたようにルイスはさきほどまでのわざとらしい笑みを消した。ソフィアの強張った顔と胸元の前でぎゅっと握りしめる手は微かに震えている。
「使用人は表の玄関を使えません。裏口か、もしくはこことは別の──」
チャップマン家で執拗以上に躾けられた一つに、使用人は決して、人様の目に触れるような場所に姿を現してはいけないとの決まり事があった。玄関は当然、雇い主とは別で用意され、その向こうには表の豪華さとはかけ離れた世界が広がっている。
「それに、こんな格好ではとても……」
「ソフィア」
心地のいい声音でルイスはソフィアを呼んだ。ルイスの碧い瞳は穏やかな凪のように落ち着いている。
「今日からここが、君の玄関であり、自由に出入りしていいんだ」
「そんな……私など」
「さあ、中に入るよ。ソフィアにはやってもらいたいことがたくさんあるんだ」
有無を言わせずルイスはソフィアを今度は半ば強引に屋敷の中へと招いた。ソフィアは屋敷を跨ぐ瞬間、ぎゅっと目をつぶり、背中を丸めながら敷地へと入る。それを見たルイスはマージと目を合わせ、ただごとではないと判断する。
使用人としての癖が抜けない。そうしなければならない環境下だったとしてもこれは酷い。ソフィアには人権というものさえ与えてもらなかったというのが垣間見え、それらを振り払うように笑みを落とす。
「ソフィア、おいで」
「は、はい……」
ソフィアはなんとか玄関をまたいだ。
「申し訳ありません、ルイス様。別件で旦那様に呼ばれておりますので」
マージはそういうと、玄関ホールから右に伸びた廊下を歩いて行った。
「無愛想なやつでしょう。根はいいやつなんだ」
「ゆ、優秀なお方だと、思われます」
ルイスのことを知り尽くしているというのがソフィアにもよく伝わった。阿吽の呼吸というものが二人の間には存在する。
それからソフィアは赤い絨毯が敷かれた廊下を永遠と歩かされ、いくつものシャンデリアと、何やら有名アーティストによる絵画に見送られると、ある部屋へ通された。
「ここが今日からソフィアの部屋だ」
「えっ……」
これまで暮らしてきた部屋とは何十倍も広い部屋がソフィアを待ち構え、主の帰りを今か今かと望んでいるような空間。
薄い桃色と城のグラデーションが施された天蓋付きベッドはキングサイズよりも大きく、部屋の中央には可愛らしい花が添えられたアンティーク調の机、そして不揃いではなく床にきちんと揃った椅子の足。それにドレッサーにゴールドの額縁で覆われた全身鏡は特大で、開け放たれたクローゼットの中には数えきれないほどのドレスが用意されている。
まるでおとぎ話の世界で入り込んでしまったかのような異空間にソフィアは自身の瞼を何度も擦った。
「あまり時間がなかったものだから必要最低限しか揃えられていないんだけど、足りないものがあったら言ってくれ。準備させる」
「そ、そんな……私には勿体ないことです。その、使用人としてのお部屋をいただければそれで十分ですから」
「うん、だからここがソフィアの部屋だよ」
くらりと眩暈を覚え、なんとか自分の足で立つことに精一杯だった。この部屋が私の?
夢のようで、けれども自分なんかが入ってしまうことは申し訳なく、なかなか部屋の中には入れない。そんなソフィアを見兼ねたルイスが口を開こうとした瞬間。
「ルイスお坊ちゃん!」
しわがれた声でどかどかと歩いてくる女性が見えソフィアはぴしっと背筋を伸ばす。
「どこに行かれたかと思えば、婚約者の部屋を用意しろとは、まあずいぶんと生意気に育ったものですね」
白髪をしっかりと一つにまとめ、ソフィアと近しい格好をした女性は、ルイスを見ては目を釣り上げる。
ソフィアは馬車から降りると、より一層おどろきを隠せないでいた。
なぜならソフィアの目の前には今、空高く聳え立つ立派な建物が現れているからだ。真っ白な外壁といくつもの窓、屋根は淡いブルーが使用されている。言ってしまえばここは──。
「お、お城……」
以前、ハンナたちの間に話題になった絵本を思い出す。ゴミ箱に捨てられていたというその絵本をエライザがこっそりと拾い、ソフィアにも読んでくれた。王子様が迎えに来てくれるという絵本には、今目の前にあるお城そっくりのものが描かれていた。
しかし、ルイスは「お城?」と確信犯めいた顔をして微笑むだけで、ソフィアは口を開けながらまた立派な城(※王都の宮殿)を見上げた。
「あれ……ここは、お城ではないのでしょうか?」
「まさか。この底辺魔術師の僕がお城なんかに住めるわけないじゃないか」
ソフィアのあからさまに怪訝な目を心底たのしむようにルイスは否定を続ける。
「これは僕が魔法で築き上げた、ただの箱なんだ」
「箱……」
「ああ、本物の城はもっと豪華で大きいよ」
「ここも……大きいです」
「まあチャップマン家に比べたらそうかもしれないね。さ、中に入ろう」
ははは、と事実を笑い飛ばしながらルイスはそっとソフィアを自身の屋敷へと促した。しかしソフィアはぴたりと、まるで足から地面に根っこを生やしたかのように、一切動こうとはしない。
「ソフィア?」
「あ、あの……使用人出入り口はどこでしょうか?」
虚をつかれたようにルイスはさきほどまでのわざとらしい笑みを消した。ソフィアの強張った顔と胸元の前でぎゅっと握りしめる手は微かに震えている。
「使用人は表の玄関を使えません。裏口か、もしくはこことは別の──」
チャップマン家で執拗以上に躾けられた一つに、使用人は決して、人様の目に触れるような場所に姿を現してはいけないとの決まり事があった。玄関は当然、雇い主とは別で用意され、その向こうには表の豪華さとはかけ離れた世界が広がっている。
「それに、こんな格好ではとても……」
「ソフィア」
心地のいい声音でルイスはソフィアを呼んだ。ルイスの碧い瞳は穏やかな凪のように落ち着いている。
「今日からここが、君の玄関であり、自由に出入りしていいんだ」
「そんな……私など」
「さあ、中に入るよ。ソフィアにはやってもらいたいことがたくさんあるんだ」
有無を言わせずルイスはソフィアを今度は半ば強引に屋敷の中へと招いた。ソフィアは屋敷を跨ぐ瞬間、ぎゅっと目をつぶり、背中を丸めながら敷地へと入る。それを見たルイスはマージと目を合わせ、ただごとではないと判断する。
使用人としての癖が抜けない。そうしなければならない環境下だったとしてもこれは酷い。ソフィアには人権というものさえ与えてもらなかったというのが垣間見え、それらを振り払うように笑みを落とす。
「ソフィア、おいで」
「は、はい……」
ソフィアはなんとか玄関をまたいだ。
「申し訳ありません、ルイス様。別件で旦那様に呼ばれておりますので」
マージはそういうと、玄関ホールから右に伸びた廊下を歩いて行った。
「無愛想なやつでしょう。根はいいやつなんだ」
「ゆ、優秀なお方だと、思われます」
ルイスのことを知り尽くしているというのがソフィアにもよく伝わった。阿吽の呼吸というものが二人の間には存在する。
それからソフィアは赤い絨毯が敷かれた廊下を永遠と歩かされ、いくつものシャンデリアと、何やら有名アーティストによる絵画に見送られると、ある部屋へ通された。
「ここが今日からソフィアの部屋だ」
「えっ……」
これまで暮らしてきた部屋とは何十倍も広い部屋がソフィアを待ち構え、主の帰りを今か今かと望んでいるような空間。
薄い桃色と城のグラデーションが施された天蓋付きベッドはキングサイズよりも大きく、部屋の中央には可愛らしい花が添えられたアンティーク調の机、そして不揃いではなく床にきちんと揃った椅子の足。それにドレッサーにゴールドの額縁で覆われた全身鏡は特大で、開け放たれたクローゼットの中には数えきれないほどのドレスが用意されている。
まるでおとぎ話の世界で入り込んでしまったかのような異空間にソフィアは自身の瞼を何度も擦った。
「あまり時間がなかったものだから必要最低限しか揃えられていないんだけど、足りないものがあったら言ってくれ。準備させる」
「そ、そんな……私には勿体ないことです。その、使用人としてのお部屋をいただければそれで十分ですから」
「うん、だからここがソフィアの部屋だよ」
くらりと眩暈を覚え、なんとか自分の足で立つことに精一杯だった。この部屋が私の?
夢のようで、けれども自分なんかが入ってしまうことは申し訳なく、なかなか部屋の中には入れない。そんなソフィアを見兼ねたルイスが口を開こうとした瞬間。
「ルイスお坊ちゃん!」
しわがれた声でどかどかと歩いてくる女性が見えソフィアはぴしっと背筋を伸ばす。
「どこに行かれたかと思えば、婚約者の部屋を用意しろとは、まあずいぶんと生意気に育ったものですね」
白髪をしっかりと一つにまとめ、ソフィアと近しい格好をした女性は、ルイスを見ては目を釣り上げる。