悪女な私とは婚約破棄してください。なのに、冷徹社長の猛愛からは逃げられない
 五年前にはまったく感じなかった艶っぽさにドキリとし、楓は慌てて視線をそらす。

(当たり前だが、五年も経つと変わるものだな)

 あの頃の自分が今の自分の心境を知ったら、きっと目を白黒させるだろう。
 五年前に初めて会ったとき、彼女はまだ二十歳だった。凛とした居住まい、気品に満ちた所作。絵に描いたような良家のお嬢さん、そんな印象を受けた。
 彼女は落ち着いた藤色の着物が似合う、どちらかといえば大人びた顔立ちだったのだが、当時の楓の目には実年齢より若く映った。おそらく、すれたところのない内面が醸し出す空気のせいだろう。

(綺麗な子だとは思ったが……)

 すでに社会に出て数年が経過していた楓にとって、大学生の志桜を恋愛や結婚の対象として見るのはやや難しかった。そして、それは彼女も同じ……いや、彼女のほうがより強い嫌悪感を抱くだろうと思ったのだ。けれど――。

『あなたが、今さら、それを言うんですか?』
『五年前に聞きたい言葉でした。あの頃なら私、飛びあがって喜んだと思います』

 先ほど投げつけられた、志桜の怒り。自分のひとりよがりな選択が彼女をひどく傷つけていたのだと……情けないことに楓は初めて知ったのだ。
 なにか苦いものが喉の奥に込みあげる。これは、後悔と呼ばれる感情だろうか。
< 115 / 226 >

この作品をシェア

pagetop