悪女な私とは婚約破棄してください。なのに、冷徹社長の猛愛からは逃げられない
 どうやら、楓が生まれたときに父親が養育費としてまとまった金額を払ってくれたらしい。マンションもその男からもらったもののようだ。
 父親の顔を楓は知らなかった。もしかしたら一度くらいは顔を合わせているのかもしれないが、母が連れてくる男は頻繁に変わるのでいちいち覚えていられない。少なくとも「父親だ」と名乗る人物に会った記憶はなかった。
 家にある金を生きるためにどう使えばいいのか、楓はかなり早い段階で学んだ。だが皮肉にも、楓がひとりでも問題なく生きていけると知ると母はますます家に寄りつかなくなった。
 ネグレクト。痛ましい響きだが、当時の楓に当事者意識はまったくなかった。世の中は金さえあれば案外なんとかなってしまう。それに、自分はこの母と家庭しか知らなかったから。そんなものだとしか思っていなかったのだ。

『ごめ~ん、楓。ママ、ちょっとだけ出かけてくる!』

 十歳になった頃だっただろうか。コンビニにでも行くような雰囲気でふらっと家を出た母はそのまま半月以上も帰ってこなかった。幸か不幸か、楓はそれでもまったく不自由なくひとりで淡々と生活をしていたのだが……自分たちの暮らしていたマンションの住民はごくごく良識的な人間ばかりだったので、当然、児童相談所に連絡された。
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