悪女な私とは婚約破棄してください。なのに、冷徹社長の猛愛からは逃げられない
 サンノゼに引っ越してしばらくした頃、志桜が通話アプリを使って電話をかけてきた。仮にも婚約者なので、自分の住所や緊急時の連絡方法は伝えてあった。
 こちらは夜の九時半なので、日本は昼過ぎくらい。きっと時差を考えて、楓の負担にならない時間を選んでかけてきてくれたのだろう。実際、ちょうど帰宅してのんびりとくつろいでいるところだった。

『突然すみません。その、お時間は取らせませんので』

 スマホの向こうから、彼女がかすかに息をのむ気配がする。なにか緊急事態でも起きたのかと身構えたが、続く言葉は想定外すぎるものだった。

『お誕生日、おめでとうございます。ご迷惑かとも思ったのですが、ひと言だけ』
「あぁ、そうか。そういえば誕生日だったな」

 なんともまぬけな返事だ。仕事に夢中で、自分の誕生日などすっかり頭から抜け落ちていた。

「なぜ俺の誕生日を?」

 志桜に会ったのは、あの顔合わせの一度きりだ。誕生日など話題にならなかったはず。

『いただいた釣書で……』

 その答えに楓はパチパチと目を瞬く。あんなものを真面目に読み、しっかり記憶し、わざわざ電話をしてきた、ということか。

(今どき珍しい律儀な子だな)

 楓が黙りこくっていたせいか、志桜はトーンダウンした声でおそるおそる尋ねてきた。
< 124 / 226 >

この作品をシェア

pagetop