悪女な私とは婚約破棄してください。なのに、冷徹社長の猛愛からは逃げられない
『やっぱり迷惑でしたよね? お忙しいところ、すみませんでした』
「別に迷惑ではないが……」

 自分の誕生日ごときに、ここまで気を使う必要はない。そう伝えたくて楓は言う。

「たいした用じゃなければ、電話など不要だ」

 いずれ婚約破棄するのだから親しくなる必要はないし、志桜には自分のことなど忘れて貴重な学生生活を満喫してほしいと思っていた。恋愛だって自由にしていい。
 自分の存在が彼女の足枷になるのは嫌だった。

 それから、ひと言ふた言だけ言葉を交わして電話を切る。シンと、先ほどよりいっそう静かになった気がする部屋で、楓は志桜の声を思い出そうと記憶をたどる。

『お誕生日、おめでとうございます』

 そうして、ふたつの事実に気がつく。
 ひとつめは、彼女のその言葉を自分が案外と喜んでいること。ふたつめは、そんな彼女に「ありがとう」の言葉すら返せていなかったこと。

(……礼くらい言うべきだったな)

 ふと思い立って、楓は書斎に足を向ける。デスクの引き出しをあさると目的のものはすぐに見つかった。神室家からもらった釣書だ。

「誕生日……八月か」

 交流をするつもりはなかった。次のアクションは「婚約破棄の準備ができた」と伝えるときでよかったはずなのに。
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