悪女な私とは婚約破棄してください。なのに、冷徹社長の猛愛からは逃げられない
 たった数年で知らないビルや店が増えている。伝統と洗練が両立するいい街だと思った。

(そういえばKAMUROの本店も日本橋だったな)

 志桜のことを考えていたので、自然と思い至ったのだろう。この街のアイコン的存在であるKAMURO本店に、楓は足を向けた。
 ルネサンス様式を取り入れたクラシカルな建物は、長きに渡り人々に親しまれている。KAMUROと聞けば、誰もが優美に佇むこの店の姿を思い浮かべるだろう。
 ショーウィンドウから店内をのぞく。裕福そうなマダム、外国人観光客、若いカップル。客入りはよく盛況な様子だ。

(鷹井の支援は功を奏したようだな)

 縁談の条件として、鷹井側はKAMUROの業務支援を行ったと聞いている。先方はそれをうまく利用し、事業の立て直しに成功した模様だ。
 自分たちの婚約には十分な意義があったし、もっといえばその役目は果たし終えている。
 なんの心配もなくスムーズに婚約破棄できるだろう。

(ん? あれは?)

 白のパンツスーツに身を包んだ女性スタッフに楓は目を留める。後頭部でお団子にした黒髪、シャープな輪郭、スッと細い鼻筋にツンとした口元。

(あの頃より、ずいぶんと大人っぽくなったが)

 間違いない、若いカップルを接客しているのは楓の婚約者……志桜だった。
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