悪女な私とは婚約破棄してください。なのに、冷徹社長の猛愛からは逃げられない
「だが、志桜のお父さんに気づかれた。あなたがどうごまかそうかと右往左往している間に、彼はくも膜下出血で帰らぬ人となった」

 その状況を、英輔はこれ幸いとばかりに利用したのだ。経理部長の立場を利用して、自分の横領ぶんを志桜の父が投資に失敗したとして帳簿を書き変えた。
 あげくに、父が温めてきたKマシェリを自分の手柄にし、その成功をもってまんまと社長の椅子を手に入れた。

「お、憶測だ! 証拠もなしにひどい言いがかりだっ」

 威圧すればこちらが黙るとでも思ったのだろうか。英輔は烈火のような怒声をあげた。彼とは真逆に、楓の声は静かで凍りつくように冷たい。

「田中さん。今は浜松にお住まいの彼を覚えていますか?」

 田中さん、その名が出た途端に英輔は大きく目をみはった。

「当時、あなたの下で経理課長をしていた方です。彼もまた、志桜の父と同様にあなたの罪に気がついていた」

 楓と志桜は先週末、彼に会うために浜松に出向いていた。志桜の顔を見るなり、彼はがっくりと脱力し、自分の罪を懺悔しはじめた。おそらく、志桜に父の面影を見たのだろう。
 彼はすべてを知っていた。けれど沈黙を選んだのは……。

「田中さんは親の介護のため離職せざるを得ない状況だった。将来に不安を感じていた彼と、あなたは取引をした」
< 217 / 226 >

この作品をシェア

pagetop