悪女な私とは婚約破棄してください。なのに、冷徹社長の猛愛からは逃げられない
 ここまでの相手だと、逆に委縮してしまう。彼のような男性の目には、きっと自分は神室の名以外にはなにも持たない冴えない女としか映らないだろう。

 そして現実に、志桜のその予想は大当たりだった。
 食事が運ばれてきても、会話をしているのは英輔と鷹井ご夫妻のみ。楓本人は志桜に話しかけることも、ほほ笑みかけることもない。
 人見知りで口下手な志桜が自分から話題を提供できるはずもなく……本当にただ顔を合わせただけで終わってしまいそうだ。
 見かねた英輔が「ふたりで庭を歩いてきたらどうだろう?」と提案し、ここで初めて楓は志桜に声をかけた。

「じゃあ、行こうか」

 庭といっても料亭の景観のために作られた小さなスペースだ。観光地の庭園ではないから、とくだんの見るべきポイントもない。

(き、気まずい)

 どこを見たらいいのかもわからないまま、彼の隣を黙って歩く。

「そういえば」
「は、はい!」

 ようやく楓が口を開いてくれたものだから、勢い込んでやけに大きな声を返してしまった。けれど、張りきっている自分とは対照的に彼の表情は冷えびえとしている。

「伝えておきたい話がある」
「なんでしょうか?」

 取り留めのない世間話のように、彼はさらりと言う。
< 32 / 226 >

この作品をシェア

pagetop