恋するだけでは、終われない / わたしの恋なら、終わらせた

第三話


 ……えっ?

 指定された時間の、二分後を想定して。
 三藤(みふじ)先輩の家に着くよう歩いていたところ。

 門の外では、先輩の『お母さん』が。
 僕に向かって、控えめながら手を振っていた。


海原(うなはら)君、お久しぶりね。お待ちしておりました」
「ご、ご無沙汰しています……」

 母親に持っていくよう伝えたれた手土産を渡すと。
「あらこれ、先日おっしゃられていたものね」
「えっ?」
「先日お母さまと。お話しさせていただいたときのもの、ですけれど?」

 ……そうか、母親は。

 あのとき『三藤さん』とはいっていたけれど。
 三藤(みふじ)月子(つきこ)その人だとは、ひとことも口にしていなかったのだ。

「……月子には、お使いをお願いしていましてね」
 僕の心を見透かしたように、先輩のお母さんが告げてきて。
「立ち話しもなんでしょうし、どうぞおあがりくださいな」
 なんだか、楽しそうにいわれても……。
 こ、この状況はいったい……?



 ……要件を終えると。
 
 先輩が戻るまで待つよう、勧められたものの。
「突然お邪魔した理由が、作れません」
 そういって、僕は先輩のお母さんからの申し出を断った。

「それもそうね……でも、会えなくて寂しくはありません?」
 え、笑顔で聞かれても。
 いったい、なんと答えればよいのやら……。

「ま、また明日学校でお会いできますので……」
「要するに。お休みの日は、娘に会うのは不要だと?」
「いえ……でも、あの……」
「月子が戻ったら、さぞかし驚くでしょうに」
「さ、サプライズはよくないですので。失礼しますっ!」
 そう答えると僕は慌てて、三藤家をお(いとま)してしまった。


 すっかり葉の落ちた、並木道を歩きながら。
 この先どうしたものかと、考える。

 ……というより、これは三藤家の『案件』で。

 はたして僕が扱えるような、ものなのだろうか?
「『この時期』は落ち着かない」
 先輩がそう思う理由は、よく理解できたものの。
 対応を一任された僕の、時間的猶予はあまりない。

 そもそも、僕が……。
 いや。僕に、任されても。
 いいのだろうか……?



「……あら、どこかからのお戻りですか?」
 ふと聞こえてきた、久しぶりのその声は。
 あぁ……高尾(たかお)先生の、お母さんじゃないですか。

「お、お久しぶりです」
「はい、それでどちらから?」
「えっと、ちょっと戻るところで……」
「ええ。ですから、どちらからですか?」

 さすが先生のお母さんだけあって。
 興味のあることには、まったく容赦ない。
「あちらから、です」
「そうですか、この近くのお宅からですか……」
「えっ……?」

 それ以上の追求を交わすために、ぼ、僕はつい慌てて……。
「お持ちしますねっ!」
 そういって、先生のお母さんが両手でぶら下げていた袋を手に取ったものの。
「ウゲッ!」
 予想だにしない、ずしりとした重さに。
 思わず奇妙な声を、出してしまった……。


「走って逃げるとか、ほかに方法はあったでしょうに……」
「確かに……取るべき手段を間違えました」
 両腕に、ずしりとした重さを感じながら。
 僕は高尾先生の実家、要するに夏休みにみんなの合宿会場となった。
 先輩の家の最寄り駅の反対側にある、あの『神社』へと向かっている。

「ところで、この重たいものは……?」
「あのですね、海原君?」
「は、はい……」
「女性に持ち物の中身を聞くのは、変質者と間違われますよ?」
「そうなんですか?」
「そういうものです」

 い、いやそういう問題ではなくて……。
 どう考えても、いや年齢的にも。
 こんな重たいものを、わざわざ持って歩いているから。
 気になっただけなんですけれど……。


「左のそれは……『塩』ですわ」
「えっ……?」

 日曜午前の住宅街で、超重量級の塩を運ぶ年配女性。
 不審者アラートって、そっちのほうに反応するんじゃないんですか……?

 い、いや。
 なんといっても、あの高尾先生の母親だ。
 少々常識では測れないことがあっても。
 気にしていたら、こちらの寿命がもたない。

「ちなみに右側のそれは、『砂』ですわ」
 あぁ……ますます理由が、わからなくなるけれど。
 なんの伏線にもならない会話なので。
 読者のみなさんも……気にしないでおいてください。

 とにかく、塩と砂を神社に置いて早々に退散しようと。
 僕たちは踏切を渡り、大鳥居へと向かっていく。


「レオ、ゴマちゃん。ただいま戻りました」
 あぁ……。
 神社の狛犬(こまいぬ)の名前って、高尾先生だけが呼んでいるんじゃないんだ……。

 背筋を伸ばして、鳥居の前で一礼しているその姿と。
 狛犬の名前がまったく合致しない。

「まだまだおりますから、ご紹介しましょうか?」

 ……な、夏合宿のデジャブだ。

 あのときは、巫女姿に変身した先生が。
 駅までその格好で、迎えにきて。
 ずらりと並ぶ狛犬の名前を、ひとつひとつ呼びはじめたんだっけ?


 覚えているだろうが念のためにと。
 手前から三郎(さぶろう)、次がガーネット。アイスマンにアスパラベーコンと。
 命名理由さえ意味不明の紹介がはじまったので。
「あの……高尾家にとってはどれもペット、みたいなものですか?」
 思わず僕が、質問すると。

「……はい?」
 それまでの笑顔から、先生のお母さんが真顔に変わって。
「狛犬は、石でできておりますが? 海原君、あなた大丈夫?」

 うぉぉ……。
 逆に僕が、常識を疑われているじゃないか……。


「いずれも響子(きょうこ)への、プレゼントですわよ」
「こ、狛犬がですか?」

「まぁ……ペットみたいなものですわ」
 ついさきほど、思いっきり否定されたはずだけれど。
 これが高尾家伝統の、かみ合わない会話というものだ。

 少々耐性のついてきた僕は、この機会だからと。
「プレゼントって、お誕生日のたびにひとつずつでしたか?」
 ふと気になって、質問してみたのだけれど。

「まぁ!」
「……えっ?」
「あなた。もしかして狛犬の数で、響子の年齢調べようとしておりますの?」
 まだまだ、修行が足りないと悟ってしまった……。

「未だに、トップ・シークレットなのでしょう? 佳織(かおり)ちゃんに刺されますわよ」
 そうだった、藤峰(ふじみね)佳織(かおり)
 先生たちふたりは、同級生だ。
 片方の年齢を知るということは、つまり……。

「血を見ることに、なりますねぇ……」

 ……あの、先生のお母さん。

 どうしてそこだけは。
 スッと、腑に落ちることがいえるんですか?



「サンタクロース様からの、お届け物ですよ」
 まるで玄関先の運送業者さんみたいな、いいかたで。
 この瞬間、全世界に向けて。
 神社にもクリスマスプレゼントの習慣があるという事実が、明かされる。

「プレゼントが、狛犬ですか?」
「いわゆる幼児教育、みたいなものですわ」
「へっ?」
「あなたもいつか。その重要性が、わかる日がきますわよ」

 幼児教育と狛犬の関係性は、まったくわからないけれど。
 あの先生が、どのようにしたら育つのか少し理解したので。

 ……反面教師として、参考にさせてもらおう。


 ただ。ここにひとつの、光明が差した気がして。
「ありがとうございます!」
 僕が思わずそう答えたところ。

「……どうやらわたしの出番は、ここまでのようね」
 突然先生のお母さんは、そうつぶやいてから。
 いきなり『アディオス』というと。

 ……重たい塩と砂の袋を軽々と抱えて、早足で消えていった。



「スペイン語で『サラバ』という意味じゃの」
「えっ?」

 こ、今度は……(はら)さんですか!

 神社の参道にある、小さなお(やしろ)で何百年か暮らしているというその『人』が。
 いきなり僕の目の前に現れると。

「オラ!」
 僕に、そう威嚇してから。
「元気にしとるな?」

 ……目のないその顔で、ニコリとほほえみかけてきた。




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