恋するだけでは、終われない / わたしの恋なら、終わらせた

第四話


 (はら)さんが、もう一度こちらを見て。

「オラ!」
 また僕を、威嚇する。

 ……なんなんですか。思春期? それとも反抗期とかですか?

「スペイン語で、『ヤッホー』じゃよ……」
 あ、そういう意味か……。
 急に『ガラ』が悪くなったのかと、心配しましたよ……。


 それにしても、原さんって。
 夏しか出てこない設定じゃなかったんですか?
 もしかしてついに、お(やしろ)が潰れたとか?

「クリスマスと聞いて、飛び起きたんじゃ」
 もしかして、まだ寿命的に子供なのかな?
 あと千年以上、神社に居座る気だったら。ありえるかもしれないけれど……。

「つまらん男じゃ。じゃから振られたんじゃて……」
「えっ?」
「なんでもない、聞こえんかったらそれでエエんじゃ」
 原さんはボソボソと、なにかいってから。

「それで、サンタクロースについて。いったいなにを悩んでおる?」
 まだなにも話してもいないのに、突然。

 ……ズバリと僕に、聞いてきた。



「『この時期』は、落ち着かない」

 三藤(みふじ)先輩の、その理由。
 要するに、先輩はいまだにサンタクロースを信じていて。
 毎年どんなプレゼントが届くかソワソワしているのだと。

 ……先輩のお母さんが、僕に教えてくれた。

「それであの子は、いま幾つじゃ?」
「十六か、十七ですかね?」
 僕がそう答えると。
 原さんが、目はないけれど目を見開いたみたいな顔で。

「ま、まさか連載五作目なのに……」
「はい?」
「クワバラクワバラ……」
 あの子の誕生日も知らんのか、みたいに聞こえたけれど?
 いったい、なんていったのだろう?

「作者が、いつかのネタに置いてあるんじゃないですか?」
「お(ぬし)、乙女の誕生日のイベント性。理解していっとるか?」
「いえ、ちっとも」
「まったく。絶望的じゃな……」

 それから原さんは、誕生日について熱く語ろうとしたけれど。
「あの……話しがそれるので、元に戻りませんか?」
 ここはなんとなく僕が、頑張った。



「あの子が欲しがるものって、『制服』か『本』なのよねぇ……」
 三藤先輩のお母さんによれば。
 制服と本をこよなく愛する先輩は。
 昔からそれ以外、特に物欲がないらしい。

「あの子は、海原(うなはら)君が『よく』ご存知のとおり……」

 小学生以来、最近まで友達もいなかったから。
 先輩はサンタクロースの正体を知らずに、ここまできた。


「……だから、『クリスマスはよろしくね』といわれました」
「なにっ?」
 原さんが、なぜか今度は驚いた声で僕に。
「ということは。ふたりはすでに『親公認』なのか?」
 そう聞いてきたので。
 僕は、はいと答えてから。

「サンタクロースについての重大発表を、ご両親に代わってするんですよ……」
 先輩が信じ続けてきたその存在を否定するのは、相当気が重いのだと。
 正直な気持ちを、打ち明けた。


「……アホ、なのか?」
「先輩がですか? めちゃくちゃ成績いいですけど?」
「いや、お主のほうに決まっておる」
「まぁ先輩たちみたいに、学年トップを争うにはまだまだで……」

「もうええ、アホなのは十分理解した」
 原さんは、そういうと。
 なぜか同情したような顔で、僕を見ると。
「自由に本を買えるカードでも、靴下に入れたらどうじゃ?」
 即物的ではあるが、現実的なアイデアを与えてくれたけれど。

「でも靴下って……サンタクロース色ですよね?」
「なにっ?」
 あと、そのカードは波野(なみの)先輩の家が本屋なので。そこで買ったらいいのかとか。
 僕としては、先輩の靴下のサイズがわからない上に。
「せっかく靴下買っても、制服に色が合いませんよね?」
 どんどん気になることが出てきたので、原さんに相談したのだけれど。


「……色々と『寒い』ので、また来夏な」
 原さんには、冬はやっぱり堪えたのか。
 帰りたそうな顔で僕を見るので、とりあえず。
「先輩のお母さんに、提案してみます」
 そう答えて、お別れすることにした。

「あのな……頼むから。本人に、きちんと聞け」
 原さんとしては。
 靴下のサイズは、親ではなくて先輩に直接聞くのがいいらしい。
「……お主は来夏、生きとるよな?」
 余命何百年かの人に、気をつかわれたようだけれど。
 いったいどんな心配をされたのだろう?

「アディオス」
 複雑な顔をした原さんは、そういうと。
 姿があっというまに。
 遠くに移動していて。

「やれやれ……」
 最後にそんな感じで聞こえた言葉が、僕の耳の中に。
 小さく響いて、消えていった。





 ……買い物を終えて家に戻ると、玄関に訪問者の気配が残っている気がした。

「あら月子(つきこ)、お帰りなさい」
 そう答えた母親の表情は、特に変わりもなく。
 家の中にはもちろん、誰もいない。

 ただ、それでも。
 馴染みのある気配が、残っている気がした。

「……どなたか、お客さまでも?」
 わたしの質問に、母親は。
「『時間指定』で、届いたくらいかしら?」
 玄関の段ボールを見てから、答えたものの。
 それ以上は否定も肯定もしなかった。



 翌朝、次の駅で海原くんと玲香(れいか)が乗車して。
 わたしは昨日の違和感の正体を、確信した。

「……昨日、母親となにを話していたのかしら?」
 みんなより少し遅れて、部室から朝礼に向かう中央廊下で。
 わたしが海原くんを捕まえて、質問する。

「あ、あのそれは……」
「……戻るわよ」
「えっ?」
「急用なので、わたしたち遅れます」

 佳織(かおり)先生、響子(きょうこ)先生。
 お互いの担任が同じ部活だと、こういうときは非常に便利だ。

「はいはーい」
「あら、まぁ」
 おまけに、ふたりとも気にしていない。
 いや、先生たちってこういうとき。
 いつもわたしのわがままを、許してくれる。

 
 ……そう、思ったのだけれど。


「つぼみちゃん、かわせたらどうぞ〜」
「結構、しぶといからね〜」

「……えっ?」
 放送室に、戻ろうとしたわたしたちの前に。
「はい、こっちにいらっしゃい」
 寺上(てらうえ)つぼみ。
 先生たちの時代の、放送部顧問にして。
 わたしたちの、校長が。
 廊下の奥で。ご機嫌な顔をして、わたしたちを待ち構えていた……。



「……朝礼と授業をサボって、内緒話し?」
 校長室のソファーに、海原くんと並んで座ると。
「教師たちもそこまで甘くはないわよ〜」
 そういって、一枚の紙を差し出してくる。

「えっ……」
 その、『部外秘』と記されたペーパーには。
 わたしたち放送部員の成績一覧がまとめられている。

「こ、個人情報では?」
「そうよ、だから『部外秘』よ」

 ……あぁ、さすがあの先生たちの『育ての親』だ。
「部活外に見せないから、『部外秘』ですか?」
「ま、そういうことね」
 寺上校長は、こともなげに答えると。

「冗談はこのくらいにして、本題に入るわね」
 そういってから。
「クリスマス、あいてるわよね?」


 ……またまた働きなさいと、告げてきた。




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