恋するだけでは、終われない / わたしの恋なら、終わらせた

第五話


 ……校長室で、三藤(みふじ)先輩と並んで腰掛けている。

「……そういうことで、あとは次の授業までご自由に」

 寺上(てらうえ)先生は、手元にあった飴玉を僕たちの前に並べると。
「三つくらいでいいかしら? 多いと虫歯になるわよね?」
 マスカット味がおすすめだと、教えてくれてから。
 ご機嫌に部屋から退出する。


「……どうして、こうなるの?」
 えっと、先輩。
 それは、テストの成績ですか?
 それとも、今後の予定ですか?
「トマト味とか、キャベツ味っておかしいわよ!」
 あぁ、飴玉の味ですか……。

 僕のそれは、キャロット味と。
 うげっ、なんでこれだけチキンカレー味なの?
「マスカット味以外、いただく気がしないわ……」
 三藤先輩がそうボヤキながら、僕のほうにほかの飴玉を寄せてくる。

 最近、先輩のキャラが少し変わってきた気がするけれど。
「なにか不満でも?」
「い、いえ……」

 ……口に出すのは、やめておこう。

「やっぱり、みんなへのお裾分けにしましょう」
 思い直したようで、先輩が。
 今度は飴玉を、かき集めはじめる。
「あ……」
 僕の分のマスカット味だけ、返してもらえないでしょうか……?


「そもそも、海原(うなはら)くん!」
 どうやら先輩は、忘れていたわけではないらしい。

「どうして昨日は、家にきたの!」
「……あ、あのそれは」
 校長室で話すにはどうかと思いつつ。
 説明するしかないと思った、そのとき……。



「……おぉ、ちょっと邪魔するぞ」
 今度は理事長が、現れた。

 キャベツ味の飴玉をなめながら。
 鶴岡(つるおか)宗次郎(そうじろう)が、チラリと机の上の『部外秘』の紙を見る。
「あ、それは……」
「孫が学年一位なんじゃろう? 海原君も、励みたまえ」
 順位じゃなくて、『部外秘』の存在そのものは気にならないのだろうか?

「しかし、ひどい味じゃのう……」
 理事長は、そういいながら。
「ほれ、君たちも遠慮せんでいいぞ。ワシは気にせん」
 僕たちにも飴玉を勧めてくる。

「ま、まぁせっかくですし……」
「そうね……」
 三藤先輩は、答えると自分のマスカット味を口に含んでから。
「はい、海原くん……」
 な、なんで僕のマスカット味じゃなくて。
 ここでチキンカレー味をすすめてくるんだ……。

「海原君、どうかしたか?」
「い、いえ……」
「相談したいことがあるから、聞くあいだにでもなめておきたまえ」
 いや、遠慮しているのは味のほうででしてって、ウエッ……。
 よく見れば、包装の裏側に。
 追加で『ザンビア風・スパイシー』って、書いてあるじゃないか……。
 ダメだ、入手経路はおろか。
 味の予備知識もまったく想像がつかないぞ……。


夏緑(なつみ)のことじゃ。そんな難しい顔で聞かんでもいい。ややこしい話しじゃがな」
 なんだか、平常心でも面倒な感じの話題を。
「実はな……」
 理事長がガンガン語りだす。


「……あの。随分と、プライベートなお話しでは?」

 ……ひとしきり話しを聞いたあとで。

 三藤先輩が、そんな感想を述べると。
「そうか? 聞くところでは放送部では」
 理事長が、チラリと僕を見てから。
「もっと個人的なことまで、部長がカレンダーに書き込んどるらしいじゃないか」
 これまた恐ろしいことを、掘り返してくる。

 三藤先輩が、一瞬固まったあとで。
「あの……内容についてお孫さんは?」
「まぁ、詳しくは教えてくれんかったが。部長が『変態趣味』だというとった」
「そう、ですね……」
 先輩……ひ、否定してくれなんですか?
 そこ、僕の名誉がっ!

「まぁ、海原君のことじゃ。万人には理解できんことがあるんじゃろう」
「そう、ですか……」
 三藤先輩の、表情が。
 好意的に誤解されているわよ、あとで大変よと告げるけれど。
 いま、真実を知ったら理事長。

 ……倒れたりしませんか?



 理事長も、機嫌よく校長室から退出してから。
「あぁ……」
 僕は思わず、ため息をついてしまって。

「無事に、年を越せるのかしら……」
 三藤先輩も、一限目から疲れましたみたいな顔をしている。
「あの、よかったら……」

 あのとき、きっと。
 僕たちの判断力は、ニワトリ並で。
 結局理事長の前で、口に入れていなかった『それ』を。
 僕は先輩に、差し出して。
「ありがとう、海原くん……」
 先輩は『それ』を、口にした。

「ひとつひとつ、整理していきましょうか。まずみんなに……」
 ……ん?
 ……あれ?
 三藤先輩の、返事がないけれど?

 あ、ああっ……!


 隣で、目を白黒させている先輩と。
 その手元には、『ザンビア風・スパイシー・チキンカレー味』の袋が……。

「ど、どうぞっ!」
 即座に、校長室のゴミ箱を先輩に上納したのだけれど。
 十六か十七歳の、お澄ましの女子高生にとって。
 そんなところに飴玉を吐き出すなんて、とてもできないらしく。

 おまけに、声を出して断ろうとした際に。
 間違えて飴を噛んでしまったようで。
 飴玉が割れると同時に、中心にあったエキスみたいなものが出たらしく。
 先輩が、再度目を白黒させると。
 言葉にならない、うめき声のようなものをあげながら。校長室から飛び出した。


 窓からは、口を押さえて中央廊下を疾走する。
 三藤(みふじ)月子(つきこ)の姿が、しっかりと見えている。

 談笑していた寺上校長と鶴岡理事長のあいだを、先輩が走り抜けると。
 ふたりが驚いた顔で、校長室にいる僕を見るけれど。

 ……な、なにも!
 ……変なことは、してませんよ!



 ……結局、先輩はそのまま校長室には戻ってこなくて。
(すばる)君、いったいなにしたの?」
 代わりに玲香(れいか)ちゃんが、休み時間になって校長室にやってきた。

「あら、あなたもいかが?」
「ものによっては、食べられなくもないぞ」
 事情を聞いて笑い転げていた、校長と理事長が飴玉を差し出すと。
「あの子、もう二十分は歯磨きし続けてますよ……」
 玲香ちゃんは、そう答えてから。
 奇妙な味の飴玉の数々を、しげしげと眺めていた。



 昼休み、やや四角い目をした三藤先輩が。
「飲み切ってもらえるかしら」
 そういって、熱々のお茶を僕の目の前にドンと置く。

「あ、熱いのは僕は……」
「じゃぁスパイシーなものなら、ど・う・か・な?」
「えっ……?」
 三藤先輩の、うしろから。
 待っていましたといわんばかりの顔で。
 波野(なみの)先輩が例の飴玉を手に、迫ってくる。

「ど、どうしてその飴が……」
「この部活に、秘密なんてない・か・ら!」
「ねぇ海原君。マレーシア風・スパイシー・スイート・ドリアン味なんてどう?」
 春香(はるか)先輩が、笑顔で。
 えげつない味のしそうなものを口に入れろと迫ってくる。

「なんだか、大変だね……」
 都木(とき)先輩が、一応助け舟っぽくいってくれても。
「そうね。ぜひ、味を教えてもらえないかしら?」
 三藤先輩が、容赦ない。

 ただ、ここで珍しいことに……。
「いまはダメです」
「えっ?」
 いまのは。まさかの、高嶺(たかね)か?

「……だって、クサイと。お弁当、おいしく食べられなくなります」
 そういえば、さっきから。
 珍しくアイツが騒ぎにひとり、混ざっていなくて。
「どうしたの、由衣(ゆい)?」
 同じように思った玲香ちゃんが質問しても。

「忙しいんで、早く食べましょう」
 アイツはそれ以上の理由を、口にしなかった。



「さっきは。あ、ありがとな……」
「……別に」
 昼休みが無事に終わり、一年生の廊下に差しかかったところで。
 隣の高嶺に、お礼を伝えたのだけれど。

 その不機嫌な表情にも関わらず、僕は……。



 ……まだまだ、問題が増えている。


 そんな単純なことに。


 ……またしても、気づけなかった。




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