恋するだけでは、終われない / わたしの恋なら、終わらせた

第四話


 ……廊下に、ふたりで取り残された。


 わたし自身がその状況にしておきながら。
 つい、そんなことを思ってしまった。

「なんだか、月子(つきこ)に気を使わせたちゃったよね……」
 ひとりごとを話しているつもりは、ないのだけれど。
 隣の海原(うなはら)君は、無言のままだ。

「悪いこと、しちゃったかな……」
 ふたりの邪魔をしたとわかっているけれど。
 そんなことはないと、彼の口からいって欲しい。
 でもやっぱり。
 隣の彼は、答えてくれなくて。

「こないほうが、よかったかな?」

 わたしは、無理やりなにかいわせようと。
 ……海原君に、『駆け引き』を挑んでみた。


「……都木(とき)先輩。放送室に、戻りましょうか?」
 海原君は、結構ずるい。
 そんなことはないとも、いってくれないし。
 いまは困りますとも、伝えてくれない。

「廊下、寒いですしね。先輩は受験生ですから」
 ほら、そうやって気づかいはできるはずなのに。
 大切なことには、答えてくれないんだ。

 でも、ずるいのはわたしも同じ。
 彼に決断や選択を求めずに、一方的に気持ちを告げるだけで。
 核心に触れる前に、逃げている。


 ……わたしは、怖いんだ。


 選ばれないこととか、決めてしまうこととか。
 知ってしまうことも、どんな結果になるとしても。

 ……すべてが、いまままでどおりのままでいられなくなるのが。


 ……やっぱり、怖いんだ。



 廊下を歩くとき、海原君はいつもわたしの歩幅に合わせてくれる。
 一学期に出会って、最初に気づいたときは。
 それだけでうれしかった。

 でも、いまは違う。
 彼は、ほかの子と歩くときでも。
 その子の歩幅に、合わせているから。

 ……わたしだけの、特別ではないと。

 知っているから、うれしくない。


「なんかわたしって、『重い』よね〜」
「えっ?」
「どうしたの、海原君?」
「いえ、ちょっと考えただけです」
「……なにを?」





 ……女子のいう『重さ』というのは、『体重』ではない。
 以前勘違いして、三藤(みふじ)先輩にえらく怒られた。

 自分の体重でも怪しいのに、女子の体重など当てられない。
 ただ、女子のそれについてわかったことは。
 その『振れ幅』については、極めて注意が必要で。
 実際よりあまり軽すぎても、もちろん重すぎても許されない。

 本来は機械で測れるものでも、読みきれない僕が。
 『女心の軽重』について、判断するのは難易度が高すぎる。


「海原君……なにを?」
 都木先輩が、二度目の問いを発している。
 ただ、救いなのは。

 その顔が、先ほどより。
 いつもの明るい表情に、近づいてきてくれていることだ。


 先輩の明るい顔には、これまで何度も救われた。
 特に春先の、入学したての『一大事』。
 お先真っ暗になりそうな僕の高校生活を、救ってくれたのは。
 紛れもなく、都木先輩だ。

 だから、先輩の顔を曇らせてはいけない。
 そんな表情に、させてはいけない。

 そこまでは、そこまでなら僕でもわかるのに……。



「ねぇ、なにかな?」

 三度目の、催促がやってきて。
 少なくとも、ここで三藤先輩の話しをしてはいけないんだとわかった僕は。
「あの……」
 口を開きかけたのだけれど。

「うん、わかった!」

 都木先輩はそういって、突然話しを終わらせた。





 ……どうやら誰かさんにも。『重い』かどうか、聞かれたことがあるらしい。

 だったらわたしは、その子とは並ばない。

 わたしは、わたしなのだから。
 誰かさんと同じ質問をして。
 海原君を困らせる存在でなど、いられない。


 少なくとも、海原君は。
 わたしのことが、嫌いじゃない。

 ……いや、むしろ。

 本当はそれなりに、好きなんじゃない?


 以前にも少し、思ったことがあるけれど。
 いまはどちらかというと、確信がある。

 その証拠に、ほら。
 真面目な顔で、わたしを傷つけないように言葉を探して。
 ただの鈍感君で終わらないようにと、頑張ってくれた。
 それが、きょうの。

 ……わたしだけの、特別だ。


「海原君は、そのままでいいよ」
「へ?」
「そうそう! ちょっと抜けたくらいが、ちょうどいい!」

 せっかくこうして出会えたのに。
 わたしはあっというまに部活を引退して。受験して、卒業までしてしまう。
 でも海原君の高校生活は、まだ『二年も』残っている。

 残された時間は短くて。先のことを考えると、暗くなりそうだから。
 せめて海原君の前では、笑顔で過ごしたい。



 ……放送室の扉を、わたしのために開けてくれてありがとう。

「みんなは、講堂の機器室で練習中です」

 わたしだけの放送室だね、ありがとう。
 それから、椅子を引いてくれて、ありがとう。
 あと、そのストーブは壊れているから無理しないで。

 ……心はあたたかいから、ありがとう。


「ねぇ、しばらく勉強していていい?」
「もちろんですよ」
 志望校を聞いたり、成績を心配しないでくれてありがとう。
「あ、それは……」
「えっ?」

 わたしなら、受かるだろうと。
 それに伝えたいときがきたら、教えれくれるだろうと。
 そんな配慮をしてくれていて、ありがとうだけど……。

「ど、どうして考えていることがわかったの?」
「えっ? だって顔に書いてありましたけど? 違いましたか?」


 ……ち、違わないよ。

 で、でもそれなら。
 わたしの、海原(うなはら)(すばる)への気持ちって。


 ……顔に書いて、ないのかな?




 かけがえのない時間は、あっというまに過ぎてしまうから。

「……あんまり遅くなると、怒られるよ」

 そういって、わたしは。
 名残惜しいけれど、海原君を放送室から追い出しにかかる。

 だってそれが、この空間をくれたみんなへの。
 最低限の、礼儀だと思うから……。


「海原君、いってらっしゃい!」


 わたしは、とびきりの笑顔を添えて。
 大好きな人を、送り出す。
 ほんのり頬が赤く染まった、その顔を見られたこの瞬間は。


 わたしの。



 ……わたしだけの、特別だ。




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