恋するだけでは、終われない / わたしの恋なら、終わらせた
第五話
……期末テスト前、本来は部活動休止期間ではあるけれど。
わたしたち放送部は、顧問・副顧問以下いつもどおり集合して。
顧問・副顧問以外はきちんとみんなで、勉強している。
はずだった……のだけれど……。
「ほんと、先生たちって。教師っていう自覚ないよねー」
わたしは不満げな声を、赤根玲香に向けている。
「う〜ん。でも陽子、そこがあのふたりのいいところかもよ?」
十二月の冷たい風を、気持ちよさそうに浴びながら。
サラリと玲香が答えるけれど。
これって、本当に。あのふたりのいいところなのかなぁ……。
というよりむしろ、大抵の場合。
玲香はいつも高尾響子。
要するにわたしたちの、副顧問の味方の気がする。
「まぁ、一緒に『丘の上』にきたからね〜」
すっかり馴染んでいて、忘れそうになるけれど。
玲香と響子先生はわたしたちの高校に、この二学期にやってきたばかりだ。
とはいえ、ふたりとは一学期からなにかと縁があったし。
おまけに、夏休みは一緒に合宿だってした。
加えて、藤峰佳織。
わたしたちの担任兼顧問は、響子先生と高校からの親友で。
しかもふたりとも、一応わたしたちの部活の『先輩』でもあるからか。
通常より、ものすごく密度の濃い付き合いだと。
そんな自覚は、あるのだけれど……。
「それにしても、テスト前だよ!」
やっぱりわたしとしては。
ここは、口にせずにはいられない。
玲香とわたしは、いま。
以前『打ち上げ』と称して訪れた、カラオケボックスに向かっている。
ただ目的は、歌うためではなくて。
「わたしの右の手袋、よろしくっ!」
「左手の手袋もついでに、お願いね」
佳織先生と響子先生の忘れ物を、取りにいかされている。
「そもそもテスト前に、カラオケに寄り道推奨する教師とかなくない?」
肩にかかるミディアムヘアを揺らしながら歩く玲香に。
わたしはもう一度、話しを振るけれど。
「でも陽子。『向こう』よりはマシじゃない?」
……ま、まぁ、確かに。
それは一理あることは……ある。
なにしろくじ引きで決めた結果、残りのみんなは。
現在校内の備品倉庫で、佳織先生の尻拭いをさせられているのだ。
「夏は暑いし、冬は寒いし……」
「春は花粉が入るだっけ? で、秋は?」
「来年でいいかなぁ? だったよね……」
「冬の前に、来年とか。おかしいからさ!」
とにかく、先生が。
そうやって確認をサボり続けたのが、たまたま校長に発覚したらしく。
「ひとりなんて無理! 響子がいても人手不足! みんなでやろうよ!」
そうやって残りは全員、倉庫に缶詰にされている。
「……それにしても、テスト前だよ!」
「もう、それ何度目? でもまぁ、しょうがないよ。昴君ってやさしいから」
「昴は先生たちに甘いし、玲香は昴に甘すぎる!」
「そうかな? 逆に陽子が厳しいだけじゃないの?」
……そんなことはない。
だって彼は、ただのわたしの『弟』で。
わたしが『特別な気持ち』で接するのは、終わったはずなのだから。
「昴はね! わたしのね……!」
ただ、そこまでいいかけると。
もうわたしたちはお店の目の前にいて。
「……ごめん陽子、なにかいった?」
店の前のにぎやかな音で。
わたしの声が、『たまたま』かき消されてしまった。
「なんでもない!」
わたしは、喉元まで出かけた『その言葉』をグッと飲み込むと。
「さっさと帰ろうねっ!」
そういって、店内へと向かっていった。
……カラオケって、好きでも嫌いでもない。でも会員証は、持っていた。
前の高校にいたときに、お店で誰かが作らなきゃいけなくて。
「玲香でいいよね?」
そんな流れで、わたしがそうさせられただけ。
あの頃は、色々あって。
向こうの放送部での生活は、ちっとも楽しくなかった。
そっか、ということはわたし。
カラオケって嫌いなのかな?
店員さんが、落とし物を事務所に取りにいってくれているあいだ。
わたしはカウンターの隣にあるドリンクバーを、何気なく眺めてみる。
「玲香、喉でも乾いたの?」
「違うよ、この前のこと思い出してた」
あのときは。相当無茶苦茶な展開だったけれど、楽しかった。
「そういえば、昴がここで!」
「昴君がさぁ!」
「えっ?」
「えっ……?」
偶然にもわたしたちが、同じ『彼』について口にしかけて。
思わず顔を見合わせた、そのとき。
「カ、カイバラっスか?」
なんだか『割とどうでもいい』声が、聞こえてきて。
「海原だけどね!」
「いい加減覚えなよっ!」
つい反射的に、わたしたちが、
思わず同じ『彼』について、その名前を訂正したけれど。
えっと、君は確か……。
「なに、その頭?」
「磨きがかかった、感じ?」
「あ……ひさしぶりの登場っス……」
あろうことか、カラオケボックスの店内に『出没』したのは。
昴君と同じクラスの……山川俊だった。
……ま、まさかこの俺に。
自分の『パート』が、作品中に生まれるなんて……。
五作目にして、初の快挙じゃないっスか。
あぁ! 生きるって、最高っス!
思い起こせばいつもいつも、俺が登場するたびに。
カイバラの周りの美女たちが、俺をまるでゴミのように扱うけれど。
いまはこうして、め、目の前にふたりも……。
「いやぁ! 坊主になった甲斐が、あったってもんだぜメリー・クリスマス!」
「……あの、早くしてくんない?」
「……もうパート、終わってもらっていい?」
あぁ……春香パイセン、赤根パイセン。
見た目はどっちもかわいいくせに。
今回も、やっぱ容赦ないっスね……。
実は俺、『例の事件』に関わっちゃいまして。
生徒会設立、潰しちまった俺のパイセンたちと一緒に。
反省の意味を込めて、『頭丸める覚悟』見せようってことにしたんっス。
そしたら、カイバラの奴がっスねぇ……。
「三年の先輩たちは受験生だから、願書の写真とかもあるし」
「そもそも前近代的だからって、丸刈りはやめといたらっていったんだよね?」
さすが、よくご存知でぇ。
だけど、俺だけ三年じゃないからって。
あいつ、俺だけには……。
「でもそれって、昴のせいじゃないでしょ?」
「昴君から、そのとき君はいなかったって聞いたけど?」
「お、俺は……タイムセールだったから。先に頭丸めてから知りました……」
「床屋なのに、タイムセール?」
「閉店セール、とかの間違いじゃなくて?」
な、なんでそんなに冷たいっスか!
やっぱりみなさん、誰も同情してくんないんっスか?
あ……でも。
「そういえば。み、三藤パイセン『だけ』はやさしかったっスよ!」
「え?」
「なに?」
ヤバイ……なんか俺、間違ったかも。
その名を口にした瞬間、おふたりのおかわいらしい御尊顔が。
すっごく、険しくなった気がしやした……。
「で、月子が?」
「なんっていったわけ?」
「お、俺をジッと見てくれてから……ひとことだけでしたけど……」
「うん」
「早くいってくんない?」
「『寒いわね……』、って……」
……月子のそれって、やさしさとかじゃなくて。
見たまんまの、感想か。
単にそのとき、自分が寒かったっていうだけじゃないの?
「もういいね、じゃ」
そういって、わたしは手袋を受け取り。
陽子と、お店を出ようとしたのだけれど。
「あ、あのっ!」
寒そうなその頭が、わたし。
……じゃなくて。
陽子を、呼びとめた。
わたしたちは、帰ろうとしていた。
だけど、店内の照明が乱反射しそうなその頭が。
今度はもう少し、大きな声で。
「長岡パイセン、もうすぐきますけどっ!」
そう、口にしてしまって……。
そのとき、わたしは。
陽子の顔が、激しく動揺したのを。
……この目で、はっきりと見てしまった。