恋するだけでは、終われない / わたしの恋なら、終わらせた
第六話
……やっぱり。
カラオケって、好きでも嫌いでもない。
いや、いまはわたし。
ちっとも、好きになれない。
「あ、赤根さん……」
同級生の男子が、わたしになにかいっている。
……っていうか、男子バレー部。
カラオケボックスで勉強会って、ありなの?
まるで生活指導の先生みたいな表情で。
わたしはしかたなく、ソファーの一番端に軽く腰かける。
不機嫌さを、隠すつもりはない。
でさ、陽子。
あなたはこんな所で、いったいなにをしているの?
「は、春香パイセン。長岡パイセンは……も、もうすぐきますんで……」
山川君さぁ、重罪になっても知らないよ。
隣に座る陽子が、こちらにすり寄るたびに。
わたしの不快感が、どんどん増してくる。
ついでに、部員の誰かと目が合うたびに。
「ちょ、ちょっと飲み物を……」
「お、俺も喉が渇いたなぁ〜」
「あ、トイレいき忘れてた」
そういって。ひとり、またひとりと部屋から消えていって。
ついに最後の、ひとりを残すだけとなる。
「君さ、先輩想いなのは否定しないけど」
「……は、はい」
「この落とし前、つけてもらうからね」
「し、失礼しまっス!」
こうして最後の、坊主頭が逃げ出したあとで。
「で、陽子。血迷ってるって、わかってるんだよね?」
わたしが遠慮なく、質問したところ。
「……」
あろうことか、陽子は。
……返事さえ、しなくなった。
こうなれば、誰もわたしをとめられない。
もっとも、もうほかに人はいないのだから。
遠慮する必要も、まったくないよね?
「陽子は長岡先輩と文化祭デートしたから、心が揺れてるってことでいいかな?」
「えっ?」
「わたし、知ってるから」
陽子の、その顔が。
ほかに誰が知ってるかと、聞いている。
「そんなの、知らない。興味ない」
あのね、ウソじゃないよ。
だってわたしは。
……他人の恋愛なんかに、構っている余裕はないんだから。
「見たの?」
「見たけど?」
「誰かにいった?」
「わたしがいうと思う?」
「……思わない」
モニターで流れる、南国の海みたいな映像に目を向けながら。
わたしたちは短い言葉のやり取りを交わしている。
「偶然が、重なってね……」
「それ、わたしが聞く必要はあるかな?」
「……ない、よね」
たぶん、ただの恋バナなら楽しく聞いてあげて。
いっぱい質問して、盛り上がれるのかも知れない。
でもわたしたちでは、はしゃぐことができなくて。
……カラオケルームは、やがて場違いな静けさに包まれた。
「よ、よう……」
その高い身長とは似合わない、遠慮がちな声がして。
ここでようやく、元男子バレー部長の長岡仁先輩が。
静かに扉を開けて、登場する。
「……お久しぶりです」
無言の陽子に変わって、しかたなくわたしがあいさつする。
「やむを得ずくる羽目になりました。ですがわたしは、先に失礼します」
この先輩は、悪い人じゃないけれど。
伝えるべきことは、きちんといおう。
「あと、陽子だけ残しますけど……なにかあったら許しません」
「ちょ、ちょっと玲香。長岡先輩に失礼だよ……」
ようやく口を開いたと思ったら。
陽子は、先輩をかばうんだね。
「わたし、陽子と違って先輩のことはよく知らないの。それに悪い人じゃなくても、友人としていうべきことはいうのは当然でしょ。でもあとは、勝手にして。じゃ、先輩。わたし、用事がありますので失礼します」
理由のある不快度が増していたわたしは、そう一気にいい終えると。
一刻も早くこの空間から離れようと、自分のカバンに手を伸ばす。
ところが、陽子が。
顔は下に向けたままだけれど。
わたしのカバンを、離そうとしない。
「……ねぇ、玲香」
それから陽子は、わたしをキッと見つめると。
「喧嘩腰にいうのはダメ。長岡先輩、ちっとも悪くないから」
少し早口でそういうと。
「玲香、謝ってよ!」
今度は強い口調で、わたしに向かってくる。
歌うための部屋には、いいことがあって。
ここは、たとえどれだけ叫んでも。
誰の迷惑にも、ならない場所だった。
「玲香、先輩に謝って!」
返事をしないわたしに向かって、陽子が大きな声を出す。
「お願いだから! 謝って!」
何度も続く。
「玲香! 聞いてるの?」
その大きな心の叫びを、聞くことができて。
……わたしは正直、ほっとした。
「い、いや。俺は別にいいんだ……」
確かに陽子が、『好きになる』だけはある。
「きょうは……俺の後輩が……迷惑かけてすまん……」
長岡先輩は、自分はちっとも悪くないのに。
わたしに謝ってくれる。
……そんな勇気のある人だった。
ただ。
いや、だからこそ。
わたしは、悔しい。
……長岡先輩が、憎くてたまらない。
「わたしのほうこそ、失礼しました」
自分のことは、素直に謝ろう。
でも、昴君を傷つけたあなたを。
……わたしは、許さない。
「海原には、俺が何度も迷惑をかけている」
「えっ?」
「あいつの足を、これまで何度も引っ張った自覚がある」
思いがけない、長岡先輩の言葉に。
「誤解していいがかりをつけたり、生徒会を潰したのはすべてこの俺だ……」
わたしは、返す言葉を見つけられない。
「海原を巻き込んで、本当にすまない……」
……わたしは、完全に間違えた。
昴君なら、こうやって誰かを責めたりしない。
昴君を支えるわたしが、間違えてしまうと。
昴君そのものを、わたしが否定することになる。
それにわたしたちは、自分たちで決めたのだから。
……長岡先輩を恨んだり責めるのは、間違いだ。
「ねぇ、玲香?」
ふと、陽子のやわらかな声がして。我に帰ると。
「玲香は、まっすぐなんだよね」
隣に座っていた陽子が、とてもやさしい笑顔でわたしを見て。
それから、ふわりと立ち上がると……。
「わたしからも、謝るね……」
深々と、まだわたしに頭を下げ続けている。
その人の隣に向かうと。
少しだけ恥ずかしそうな顔で。
……静かに、その横に並んで頭を下げた。