恋するだけでは、終われない / わたしの恋なら、終わらせた
第七話
……月子が連れてきた、あの彼に。
わたしはいつのまにか。
あの海原昴に、恋をした。
でもなぜだか、美也ちゃんとか。
ほかの誰かさんたちも、あの彼に恋をしていると知って。
わたしはそれから、その想いを抑えるために『姉になる』と宣言して。
そのあとは昴から離れようと。
わたしなりには、努力した。
ただ、まだ心の中のどこかでは……。
あの『弟』を忘れられない、弱さがあったのだろう。
おそらく、その『理由』をわたしは知っていて。
心の揺れが生じた、その結果。
混乱している、わたしがいた。
……わたしの恋は、どこにいくの?
海原昴を、忘れたいはずで。
早く部内の誰かが奪ってくれるのを、待っているはずだった。
ただ現実はもっと複雑で。
あの彼をめぐる関係はどんどんこじれている。
そうやって、『相手』が決まらないから。
だからわたしは『弟』をなかなか譲れていないと、思っていたのに……。
「……もう、とっくに諦めていたんだね」
急遽もう一部屋取った、カラオケの小部屋で。
わたしは玲香の肩に、しなだれかかっている。
「違うよ。陽子はもうとっくに、次の恋に進んでいたんだよ」
玲香は、昴のために怒ることができて。
わたしは、長岡先輩のために謝ることができる。
……好きな人が違うんだと、玲香は教えてくれた。
「長岡先輩、ずっと陽子のことが好きだったんでしょ?」
「……えっ? わたしそんなこと話したっけ?」
「だってわたしたち放送部だし。それに親友だからね〜」
「なにそれ?」
「さぁ。なんだろうね?」
……こうして、わたしたちは再び。穏やかなときを迎えることができた。
「……いままで。しょっちゅう陽子を怒って、ごめんね」
「ううん、叱ってくれてありがとう」
「陽子はね、この先」
……長岡仁と、どうするかは自由だし。
「海原昴からは、解放されたんだよ」
そういわれて、なんだかとっても楽になれた。
「ねぇ。それってわたし、玲香に譲ったってこと?」
玲香は、首を横に静かに振ると。
「わたしは別に、譲られてなんかない」
小さくそうつぶやいてから。
「それにさっきもいったよ」
そう、別に譲ったわけでも、諦めたわけでもなくて。
……わたしの恋なら、終わらせた。
そう思えばいいと、教えてくれた。
……外に出ると、すっかり日が暮れていた。
「陽子、本当に一緒じゃなくてよかったの?」
「もう玲香、しつこい!」
カラオケで勉強を続けるという、バレー部員たちや『元部長』とはお別れして。
クリスマス・ツリーの灯りが、輝く駅前で。
わたしたちは、放送部のみんながバスで到着するのを待っている。
「ねぇ玲香、あのバスかな?」
「う〜ん。暗くて見えないねぇ」
「まったくさぁ! なんなの、『海原君』!」
由衣のスマホに連絡したら、バスに乗ったと返信があって。
「アイツが番号を送れと、うるさいんで……」
わかりやすいからと、追加情報が送られてきた。
「で……玲香。なにこれ?」
乗ったバスの、ナンバープレートならまだしも。
「会社がつけてる、バスの車体番号だって」
「なにそれ?」
「さぁ? 昴君にはわかるんだろうけどねぇ……」
ほんと、わたしたちには。
その番号がどこにあるかさえわからないよね……。
「『海原君』! 意味不明なこと、しないでくれない?」
「え・っ?」
「よ、陽子?」
「えっ? 陽子ちゃん?」
みんなを見つけて、陽子が真っ先に駆け寄って。
「『海原君』! 聞いてるかな!」
一番最後にバスから降りている昴君に、声をかけている。
「玲香……」
月子が、わたしに目で解説を求めようとしたのだけれど。
「次、いくんだ・ね!」
「やっとかぁ〜」
姫妃と由衣がほぼ同時に。『答え』を口にする。
「ねぇ玲香ちゃん……春香先輩に、なにかあったの?」
昴君は、いきなり呼びかたを元に戻された意味が。
やっぱりわからないらしい。
「え〜、知らないよ〜」
「ええっ……」
「姫妃か由衣に聞いたら?」
「い・や・で・すー」
「鈍感なヤツに、説明不要でーす」
「じゃぁさ、昴君。陽子本人に聞くのは?」
「やめとこう……かな……」
あれ?
もしかして意外と、少しくらいは理解できているのだろうか?
「ねぇ玲香。これは要するに……陽子が、『卒業』したということかしら?」
「月子、無理に比喩表現とか使わないでいいから。意味わかってるの?」
「そ、そういうことなのよね……?」
そして予想どおり、三藤月子。
この子もまた、どこまでしっかり理解しているのだか……。
……『わたしの恋なら、終わらせた』
なにそれ? 格好つけちゃって。
『美也ちゃん、起きてる?』
真夜中に、陽子がようすをうかがうから。何事かと思ったらもう……。
スマホに届いた、陽子からのそんなメッセージに。
わたしはずっと前から『そのとき』がきたら。
あの子に送ろうと決めていた言葉を、すぐに返信する。
……『恋するだけでは、終われない』
すぐに、ハートのマークがつくと今度は。
……『美也ちゃんは、どうする?』
予想どおりの質問が、送られてくる。
……『もう少し勉強する』
……『そっちじゃないほうだよ!』
「もう、勉強の邪魔だなぁ〜」
わたしは、画面の向こうに笑顔でつぶやいて。
今夜はここまでだと念を押してから。
もう一行だけ、かつての恋敵で。
いまはまた仲良しに戻った幼馴染に。
いままでは伝えられなかった気持ちを、文字にした。
……『海原昴は、渡さない』
今頃は画面の向こうで、陽子がほほえんでいるはずだ。
そう。きっといまなら、わかってくれるだろう。
これまでわたしの背中を、追いかけ続けてきたあの子は。
ついにこの先、別々の誰かの背中を見ていくことになる。
でも、おかげでわたしたちはこの先もずっと。
ずっと、仲良しでいられるだろう。
そう信じているわたしは。
「海原君、振られちゃったね」
口角を上げて、そう小さく口にすると。
スマホを置いて、シャープペンシルを握り直してから。
……今夜最後の一問を、解きはじめた。