恋するだけでは、終われない / わたしの恋なら、終わらせた
第二章
第一話
……その晩自宅に帰ると。母親が待ちかねたとばかりに、声をかけてきた。
「三藤さんから、お電話をいただいたわよ」
「えっ?」
「日曜日のこの時間に、お待ちしていますとのことでした」
母親が差し出すメモを受け取りながら、考える。
先輩も僕もスマホはおろか、携帯も持たない主義で。
急ぎの連絡があれば、ほかに方法がないとはいえ……。
「帰りの電車で、なにもいってなかったけれどなぁ……」
「あら、そう」
母親が、妙にそのあたりの事情について。
なにか知っていそうな顔をしているけれど。
かといって聞いても、教えてくれなさそうな表情をしている。
「クリスマスが、近いのねぇ〜」
なんだか意味ありげな、母親のセリフをスルーして。
……そして迎えた、翌朝。
「……お、おはようございます」
前の駅から列車に乗ってくる三藤先輩に、いつものようにあいさつするけれど。
「海原くん、あと玲香もおはよう」
先輩の表情は、いつもと特に変わりがない。
「どうかしたの、昴君?」
ローカル線の、向かい合わせのボックス席で。
先輩の隣に座った玲香ちゃんが、僕に聞いてくるけれど。
なんでもないとしか答えようがなくて。
次の駅で、高嶺を僕の隣席に迎えても。
先輩のようすは……やはりいつもと変わらない。
列車が走り出してしばらくすると。
「そういえば、次の日曜日に」
高嶺が、いきなりいいだして。
「えっ!」
思わず僕が、反応したものの。
「なに、まさかアンタも観てんの?」
「はい?」
なんだ、恋愛ドラマの話しだったのか……。
続いて、高嶺がまた。
「そうそう、クリスマスまでに」
「えっ!」
「ど、どうしたの?」
今度は、僕だけじゃなくて玲香ちゃんも同時に反応して。
「んっ?」
高嶺が、不審げな顔で僕を見る。
「……もしかして、アンタもう食べたとか?」
ええっ、今度は……。
クリスマスまでの、期間限定コンビニスイーツのこと?
ま、紛らわしいこと。この上ないぞ……。
「……なんだか、『落ち着かない』わよね」
「へっ?」
ついに三藤先輩が、ボソリと口にしましたけれど!
やっぱり、それって。今度の日曜日のことですか?
「海原くん、どうかしたの?」
「アンタ、なんか変だよ?」
高嶺と、玲香ちゃんが訝しげに僕を見るので。
「い、いや……その。三藤先輩が……」
思わず、そこまでいいかけてしまったところ。
「わたしは……別に。『この時期』が落ち着かないだけよ……」
先輩がなぜか、控えめなボリュームでそう答えた『だけ』だったけれど。
「……あぁ。ごめんね」
玲香ちゃんはなんだか急に、納得したようで。
「……あぁ、そういうことですか」
高嶺もなんだか、理解したらしい。
「……え?」
ひとり、わけがわからない僕を。
高嶺が冷たい目で、ジロリと見てきて。
「ほんと、鈍い男子って使えないよね」
……って。
な、なんで僕が。そこまでいわれないといけないの?
「まぁ昴君だもん、置いとこっ!」
玲香ちゃんはそういうと、別のおしゃべりをはじめてしまって。
途中の乗り換え駅から合流した、波野先輩も。
「あぁ、海原君にはわかんない・よ・ね・ー」
それについては、ひとことで終わらせてしまって。
その先はずっと別の話しをしていた。
結局朝の放送室でも、三藤先輩は割と上の空で。
春香先輩と、鶴岡さんも。
「あぁ、『海原君』じゃねぇ〜」
「その辺はまぁ、ウナ君では無理でしょう」
結局誰も、僕に説明してはくれなかった。
……二年生たちと別れ、一年一組へ向かう階段に差し掛かる。
「な、なぁ高嶺。朝の『あれ』って、いったいどういうことだ?」
僕が必死に食い下がるものの、ものすごく迷惑そうな顔で。
「そんなの、わたしに聞かないでよ」
「ええっ……」
いつもはとことんまで出しゃばりなのに。
なんでそんなに、今朝は冷たいんだ……?
「ちょっと夏緑《なつみ》、交代してくんない?」
「断固パスしますっ! だいたい指名されたのは、由衣《ゆい》だよ」
「嘘でしょ、嫌だよわたし」
なんだか、どんどん自分がバイキン扱いされている気がしてきて。
「……も、もういいよ」
そう、諦めかけたそのとき。
「ちょっと! もう一回お願いっ!」
高嶺がちょうど横をとおり過ぎかけていた。
三組の女子と、もうひとりを捕まえた。
「えっ?」
「いいから、いまのもう一回お願い!」
「えっと二年の先輩が、『生理痛』できょうの練習を……って! エエェェッ!」
三組の女子が、僕の存在に気がついて。
目を大きく開いたまま、固まっている。
「あ、ありがとっ!」
高嶺が自慢の栗色の髪の毛の先を、人差し指で高速回転させながら。
精一杯の愛想を振りまいている。
いや、近頃完全に忘れそうになっているけれど。
その、『黙っていればめちゃくちゃカワイイ』っていうポーズ。
さすがにもう、通用しないんじゃ……。
おまけに……女子相手に、スマイルって効くのか?
「……ど、ど、どういたしまして」
えっ?
効果、あるんだ……。
たまに作品に登場する、その三組の女子は。
「ま、またね……」
小さな声でそう答えると。
顔を赤くして、なぜか横歩きで。
いそいそと教室の中に消えていく。
「ま、そういうことだからさ」
高嶺が、急に得意げな顔になって僕を見る。
なので間違えてはいけないと思った、僕はつい。
「要するにいま三藤先輩は……『生理痛』なんだな?」
……確認のために、そう聞いたのだけれど。
「わざわざ声に出すな、変態っ!」
「ほんとウナ君、最低っ!」
僕の数倍大きな声で、同時にふたりが叫んでしまって。
結局、僕たち三人が。
廊下で、大注目を浴びることになってしまった……。