雨の闖入者 The Best BondS-2

「でもエナちゃん、有刺鉄線……」

「いいからっ!」


エナの強い言葉にジストは小さく溜め息を吐いた。

「言い出したらきかないんだから。ウチの姫サマは」

ぼやきながらもジストは手早くエナを左肩に担ぎなおし、壁の近くへと寄った。

壁と地面から丁度四十五度になる場所で、ジストの左手がエナの足に添えられる。

エナもジストの肩に腕を突っ張り、来るべき時に備える。


「手荒くするけど許してね、姫サマ」


ジストの左手がエナを空中へと押し上げる。

その力に逆らわず、エナは力に押されるまま膝を曲げる。


そして、もう一段階。


右手がエナの足の裏にぴったりと添えられた時、押し出される力と共に膝を伸ばす。


二人分の力を得た跳躍はエナを塀の上まで運ぶ。


獣がエナの描く孤を目で追った。


「っ!」


塀の上に張り巡らされた有刺鉄線の手前――塀の上部に手をついて側転まがいのパフォーマンス。

だが、小さくも鋭い有刺鉄線は軽く触れるだけでエナの柔肌を容赦なく傷つけた。

後は着地だけだと思っていたエナは、眼下の様子に思わず声をあげた。


「うわぁっ!」

「エナ?! 大丈夫かっ?」


ゼルの声に咄嗟に平気だと答える。


生垣にお尻から突っ込んだとはこの緊張感の中、とても言えない。


なんとか起き上がり、玄関へと走る。


斜めに突っ切れることを考えたら、彼らが屋敷に辿りつくのと同じタイミングで合流できる。


腕と背中。
ついでに生垣に落ちたことで出来た無数の小さな切り傷がエナの眉を顰めさせたが、エナは呟く。


「若くてよかった」

これくらいの傷なら数日経てば跡形もなく消える。

二十五を数えた母が「こんくらいの年になりゃあ、小さな傷も消えにくいんだ」とぼやいていたことを思い出しての呟きだった。





.
< 133 / 156 >

この作品をシェア

pagetop