Dearest My Lady
epi.1
午前の診察もそろそろ終盤に差し掛かるころ、紬は小型犬の診察に集中していた。
紬はこの個人病院で、獣医として数年勤務している。小さな病院だが、地域の飼い主たちには信頼されており、患者の犬や猫の体調を一つひとつ丁寧に診る日々だ。
診察台の上では、やや神経質な小型犬が不安そうに紬の指先を見つめている。背中を優しく撫でながら聴診器を当てると、顔なじみの飼い主──来院当初から何かにつけて食事に誘ってくる男が、今日も馴れ馴れしい笑みを浮かべていた。
「天城先生。今日こそ、誘いを受けていただけませんか?」
紬は語気を少し強め、淡々と答えた。
「診察と関係のない話は、ご遠慮させていただいています」
視線を向けないままそう言っても、男は負けじと笑みを取り繕いながら言葉を重ねる。
「先生みたいな綺麗な方が独りでいるの、もったいないですよ。それに僕、こう見えてグルメなんで先生を美味しい店に連れて行ける自信ありますよ」
紬は内心で舌打ちをしつつ、手際よく犬の検温を終える。
(もう……!ほんとにしつこい)
「綺麗」「可愛い」「付き合いたい」──そんな言葉を、紬は学生時代からうんざりするほど浴び続けてきた。そしてそれはどれも心を揺さぶるどころか、重く息苦しいだけだった。
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