Dearest My Lady
紬は小さく息を吐き、手元のカルテを閉じた。ほんの数秒だけ目を伏せて気持ちを整える。白衣の裾を軽く払って姿勢を正すと、田中も小さく会釈して受付側へ戻っていくのが視界の端に映った。
間もなくして診察室のドアがノックされ、田中の声が弾んだ。
「天城先生。月城さんとももちゃんです!」
その名を聞いた瞬間、紬の指先がぴくりと動いた。──まさか、話題の直後に本人が来るなんて。
「はい、どうぞ」
努めて平静を装いながら答えると、扉が静かに開いた。リードを手に、落ち着いた足取りでハスキーの成犬を連れた青年が入ってくる。
整った顔立ちに、すっと通った鼻筋。琥珀色の瞳は母親譲りの穏やかさを帯びていて、見慣れているはずなのに時々どきりとする。
長い脚に無駄のない所作。けれどどこか柔らかく、冷たさを感じさせない。背が伸びて声も低くなったが、その奥にある人懐っこさは、幼いころから少しも変わっていなかった。
「こんにちは、紬ちゃん」
六つ年下の月城央は、親の交友の深かった月城家の長男。幼いころは紬のあとをついて回り、泣き虫で素直な男の子だった。そんな彼が今は大学を卒業間近で、こうして落ち着いた大人の顔をしている──その事実に、ふと時間の流れを思い知らされる。