Dearest My Lady
彼が診察室に一歩足を踏み入れた瞬間、張り詰めていた空気がふっと和らいだ。さっきまでまとわりついていた疲労や苛立ちが、どこか遠くに霞んでいくようだった。
「わん!」
低く響く声とともに、ももが嬉しそうに前足を上げ、紬の体へ鼻先を押しつけてきた。その重みに、白衣の裾が少し引かれる。ももは紬によく懐いていて、子犬のころから公私ともに面倒を見てきた、大切な犬だ。
「ももちゃん!今日も美人さんね」
声をかけるとももは尻尾を大きく振り、頬を舐めようと背を伸ばした。その仕草に思わず笑みがこぼれ、紬は成犬になってたくましくなった顔を撫でた。
「今日は定期検診でいいんだよね?」
「うん。今日もよろしくね」
央が穏やかに笑う。その声音に、胸の奥が自然とほどけていく。
紬がしゃがんでももの胸元にそっと手を添えると、大人しく伏せの姿勢をとり、されるがままに喉を鳴らすように微かに息を漏らした。触診にも微動だにしない、医療現場とは思えないほど、安心しきった空気だった。
「ももはホントに紬ちゃんが好きだなぁ。俺の言うことより聞く気がする」
「飼い主に似るんじゃない?瑠璃さんもいつも同じこと言ってるよ」