妖精渉る夕星に〜真摯な愛を秘めた外科医は、再会した絵本作家を逃さない〜
「俺が山之内さんにキスをした日から、ずっと避けられてるよね」
「……たまたまタイミングが合わなかっただけだよ」
「……あんなことをしたから、俺のことを嫌いになった? だとしたらちゃんと謝りたかったんだ」
「別に……そのことを怒ってはいないよ……」

 彼との間に溝があることがわかる。

「じゃあ他に君を怒らせることをしたんだろ? 避けられてるのはわかってた。でもあのキスが原因だと思っていたから、違うのならちゃんと教えて欲しい……じゃないと一生後悔する」
「……菱川くんは、いつも女の子たちに囲まれていて、人気者だよね。でも私は友だちも少ないし、一人で小説を書いてるのが趣味の陰キャだし、いつも光を浴びてる菱川くんとは住む世界が違うの……。私にとってはファーストキスで、すごく大切にしたい思い出だったけど……だから誰とでもキスが出来る菱川くんとはやっぱり違うのよ……」
「ちょ、ちょっと待って! 誰とでもキスなんて──」
「見たんだもの、部室で誰かとキスをしているところ」

 花梨の言葉に、北斗はハッとしたように目を見開いた。

「あの時……見てたの?」
「……私は簡単にキスなんて出来ないし、キスを軽いものとして考えられない」
「あれは無理矢理されたんだ! 俺の意思じゃない! それに、俺だってキスをそんな軽いものだとは考えてないよ」
「そう言われても……なんだかもう菱川くんを信じられないの……これは私の心の問題。だからもう卒業でいいかなって……この先会うことはないだろうし、なんかもう菱川くんのことを忘れたいんだ……」
「忘れたい……? 俺とのこと、全てなかったことにするの?」

 そう言われて、返す言葉が見つからなかった。だって彼のことを忘れられないのはわかっていたから……だから忘れたいと思うしかなかった──花梨は俯いたままくるりと振り返る。

「うん、なかったことにする。元々私と菱川くんじゃ、住む世界が違うの。もし私たちが付き合っても、長続きなんてしないよ。じゃあもう話すことはないよね。元気でね、さようなら」

 彼の横を素早くすり抜け、ドアを開けようとした時だった。

「約束、守ってくれよ……。最後にこれだけ言わせて。山之内さんには素晴らしい才能があると思うからさ……必ず作品を完成させてほしい」

 北斗が小さな声でそう呟いたが、花梨は何も言わずに教室を飛び出した。目からは大量の涙が溢れている。声を押し殺し、唇をギュッと噛み締めながら、花梨は昇降口まで走ったのだった。
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