妖精渉る夕星に〜真摯な愛を秘めた外科医は、再会した絵本作家を逃さない〜
* * * *
卒業式の日。急いで帰ろうとすると、まるでそのことを予想していたかのように、息を切らした北斗がやってきた。その彼を追いかけるかのように走ってくる女生徒数人も見え、花梨は驚いて教室を飛び出した。
「山之内さん、待って! ちゃんと話がしたいんだ!」
「私は別に話すことはないし……それに菱川くんを待ってる人がたくさんいるみたいですよ」
きっと彼の持ち物や身につけているものをもらおうとしているのだろう。彼がそのことに気づいていないはずはない。
「君になくても俺はあるんだ。だから少しでいいから時間をくれないか……?」
花梨の顔色を窺うように声をひそめた北斗からは、焦りの色が見えた。北斗と花梨は文芸部の部室で会うだけの仲であり、連絡先も互いに知らないので、今日この日が二人が会う最後の一日だったのだ。
「……嫌です」
彼の顔を見れば、辛い記憶が蘇るだけ──そう思って首を大きく横に振り、昇降口までダッシュで駆け抜ける。
しかしいつの間にか花梨に追いついた北斗に腕を掴まれたかと思うと、彼に手を引っ張られて部室棟に向かっていた。
部室に行くのは嫌だ。特に彼と二人きりであの部屋に行きたくない──そう思って花梨は北斗を止めようとするが、彼の力には敵わずグイグイと引っ張られていく。
「わかった! 話を聞くから……部室はやめて」
ようやく北斗が止まると、後ろから誰も追いかけてきていないことを確認し、近くの空き教室に入った。
誰もいない真っ暗な教室。校舎の隅にあるこの教室は、生徒の目にはつきにくい場所にある。
後ろ手にドアを閉めた北斗を、花梨は振り返ることが出来なかった。背中越しに、
「話って何?」
と、声を絞り出す。先ほどまでの喧騒が嘘のように、静かな部屋に花梨の声だけがこだました。
卒業式の日。急いで帰ろうとすると、まるでそのことを予想していたかのように、息を切らした北斗がやってきた。その彼を追いかけるかのように走ってくる女生徒数人も見え、花梨は驚いて教室を飛び出した。
「山之内さん、待って! ちゃんと話がしたいんだ!」
「私は別に話すことはないし……それに菱川くんを待ってる人がたくさんいるみたいですよ」
きっと彼の持ち物や身につけているものをもらおうとしているのだろう。彼がそのことに気づいていないはずはない。
「君になくても俺はあるんだ。だから少しでいいから時間をくれないか……?」
花梨の顔色を窺うように声をひそめた北斗からは、焦りの色が見えた。北斗と花梨は文芸部の部室で会うだけの仲であり、連絡先も互いに知らないので、今日この日が二人が会う最後の一日だったのだ。
「……嫌です」
彼の顔を見れば、辛い記憶が蘇るだけ──そう思って首を大きく横に振り、昇降口までダッシュで駆け抜ける。
しかしいつの間にか花梨に追いついた北斗に腕を掴まれたかと思うと、彼に手を引っ張られて部室棟に向かっていた。
部室に行くのは嫌だ。特に彼と二人きりであの部屋に行きたくない──そう思って花梨は北斗を止めようとするが、彼の力には敵わずグイグイと引っ張られていく。
「わかった! 話を聞くから……部室はやめて」
ようやく北斗が止まると、後ろから誰も追いかけてきていないことを確認し、近くの空き教室に入った。
誰もいない真っ暗な教室。校舎の隅にあるこの教室は、生徒の目にはつきにくい場所にある。
後ろ手にドアを閉めた北斗を、花梨は振り返ることが出来なかった。背中越しに、
「話って何?」
と、声を絞り出す。先ほどまでの喧騒が嘘のように、静かな部屋に花梨の声だけがこだました。