妖精渉る夕星に〜真摯な愛を秘めた外科医は、再会した絵本作家を逃さない〜
彼を見たのは卒業式以来。あの日以降、花梨は及川先生とだけ連絡をとり続けていた。妹のために作った絵本がコンクールで大きな賞をもらった時も、それがきっかけで絵本作家としての道が開けた時も、親よりも先に報告をした。
今は尊敬する絵本作家の先生の小さな美術館で学芸員の仕事をしながら絵本を書いており、四冊目の絵本の出版が決まったことを伝えるために及川先生に連絡をしたのが半年前。そして昨日の夕方、及川先生の妻から連絡があり、彼が亡くなったことを告げられた。
もし先生がここにいて、私たちにあった出来事を知っていたとしたら、どんな声をかけてくれましたか? ──花梨は目を開け、及川先生の写真をじっと見つめて、決して届かない気持ちを問いかける。しかし及川先生は、ただ優しく微笑むだけだった。
もう行くしかない──意を決した花梨は大きく息を吸ってから下を向くと、とにかく足早にその場を去ろうとした。謝るにしても、今はまだ伝えるべき言葉の整理がつかず、時期尚早だと判断したのだ。
彼は私を待っていない、待っているのは別の人だと自分に言い聞かせながら、北斗の横を通り過ぎようとする。
あと三メートル……二メートル……一メートル……三十センチ……心の中でそう唱えた時だった。突然力強い手に手首を掴まれたのだ。
「やっと出てきた」
やはり彼が待っていたのは自分だったとわかり、心臓が激しく打ち始める。久しぶりに聞いた北斗の声はあの頃と何も変わらず、花梨の心を切なくさせた。
「待ってたんだ、山之内さんのこと」
「あのっ……離してください……」
彼からすれば、あんなひどい言葉を言ってのけた相手に何を言うつもりなのだろう。不安と恐怖感が身体中を駆け巡り、震えが走った。北斗の手を振り払おうと手を揺すってみたが、決して解けることはなかった。
「離さないよ。だって離したら逃げるだろ」
花梨は何も言えずに唇をギュッと噛み締めた。
「やっと会えた……山之内さんと話がしたいんだ。少し時間をくれないか?」
「私は話すことなんて──」
「山之内さんが話すことはないかもしれない。でも俺は話したいことがたくさんあるんだ」
彼はこの言葉をどんな顔で言ったのだろう──考えるだけで不安になり、顔を上げることが出来ない。
すると後方から大人数の話し声が聞こえたので、振り返って確認をしようとした途端、北斗に手を引かれて外へ連れ出されてしまった。
今は尊敬する絵本作家の先生の小さな美術館で学芸員の仕事をしながら絵本を書いており、四冊目の絵本の出版が決まったことを伝えるために及川先生に連絡をしたのが半年前。そして昨日の夕方、及川先生の妻から連絡があり、彼が亡くなったことを告げられた。
もし先生がここにいて、私たちにあった出来事を知っていたとしたら、どんな声をかけてくれましたか? ──花梨は目を開け、及川先生の写真をじっと見つめて、決して届かない気持ちを問いかける。しかし及川先生は、ただ優しく微笑むだけだった。
もう行くしかない──意を決した花梨は大きく息を吸ってから下を向くと、とにかく足早にその場を去ろうとした。謝るにしても、今はまだ伝えるべき言葉の整理がつかず、時期尚早だと判断したのだ。
彼は私を待っていない、待っているのは別の人だと自分に言い聞かせながら、北斗の横を通り過ぎようとする。
あと三メートル……二メートル……一メートル……三十センチ……心の中でそう唱えた時だった。突然力強い手に手首を掴まれたのだ。
「やっと出てきた」
やはり彼が待っていたのは自分だったとわかり、心臓が激しく打ち始める。久しぶりに聞いた北斗の声はあの頃と何も変わらず、花梨の心を切なくさせた。
「待ってたんだ、山之内さんのこと」
「あのっ……離してください……」
彼からすれば、あんなひどい言葉を言ってのけた相手に何を言うつもりなのだろう。不安と恐怖感が身体中を駆け巡り、震えが走った。北斗の手を振り払おうと手を揺すってみたが、決して解けることはなかった。
「離さないよ。だって離したら逃げるだろ」
花梨は何も言えずに唇をギュッと噛み締めた。
「やっと会えた……山之内さんと話がしたいんだ。少し時間をくれないか?」
「私は話すことなんて──」
「山之内さんが話すことはないかもしれない。でも俺は話したいことがたくさんあるんだ」
彼はこの言葉をどんな顔で言ったのだろう──考えるだけで不安になり、顔を上げることが出来ない。
すると後方から大人数の話し声が聞こえたので、振り返って確認をしようとした途端、北斗に手を引かれて外へ連れ出されてしまった。