妖精渉る夕星に〜真摯な愛を秘めた外科医は、再会した絵本作家を逃さない〜
「あのっ……」

 そして角を曲がって建物の影に入ると、まるで花梨を逃さないように北斗は体と腕でガードをし、ぴたりと吸い付くように体を壁際に追いやられた。

 彼の息が髪に吹きかかるのを感じる。至近距離に彼の顔があると思うだけで、緊張で身震いをした。

「菱川くんは……どうして私と話したいなんて言うの? 私……卒業式の日にすごく酷いことを言ったのに……」
「……あの日も言ったけど、あれは誤解なんだよ。誓って言うよ。俺からはしていない。でも誤解を招く場面だったことは自分でもわかってる。逆の立場でもそう思うはずだから。ただ……山之内さんに誤解したままでいてほしくなくて、そのことを伝えられるのは今日しかないと思ったんだ」
「別に……もう二度と会うこともないんだし、誤解したままでも──」
「俺がそうしたくなかった」
「えっ……」
「俺は……山之内さんと繋がっていたかった。だからあれで終わりになんてしたくなかったんだ。だから誤解を解いて、もう一度最初からやり直したい」
「……やり直すって……何をやり直すの? 私たちはただの文芸部の部員同士なだけで、それ以上の関係はなかったよね。それに、あれから何年経ったと思うの? 今さらあの頃の二人に戻るだなんて無理よ……」
「さっき山之内さん、『あんなに酷いことを言った』って言ったよね。それって、本当は誤解だったことに気付いているんじゃない?」

 花梨は唇をギュッと噛み締めた。それは自分の心にしまい込んだ感情。認めてしまえば、きっと後悔の念にさらされることがわかっているから、自分を保つためにも気付かないフリを続けていた。

「なぁ……あの時のこと、覚えてる?」
「……なんのこと?」

 北斗の言う『あの時』がいつを指すのかがわからず、花梨は小さな声でそう呟いた。
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