妖精渉る夕星に〜真摯な愛を秘めた外科医は、再会した絵本作家を逃さない〜
「えっと……皆さん、こんにちは。私の名前は──」
「やまのうちかりん先生! みんな知ってるよー!」
「知らない子なんかいないよねぇ」

 すると後方に座っていた保護者からもクスクスと笑い声が聞こえ、その反応に何故か恥ずかしさを覚える。

「だって北斗先生が何回も読んでくれるんだもん」
「それにすっごく細かいところまで説明してくれるし」
「何回読んでも、いっつも『いい本だよなぁ』ってニコニコしながら言ってるしな」
「北斗先生、かりん先生の絵本が大好きなんだって」

 花梨は驚きのあまり、目を大きく見開いた。子どもたちが口にした『北斗先生』という名前。

 まさか菱川くんのことだろうか──いや、同じ名前の人なんてたくさんいるし、それに彼は私が絵本作家になっていることを彼が知るはずもない。ただの偶然だと自分に言い聞かせる。

「そういえば北斗先生は?」

 あたりをキョロキョロと見回していた男児が呟くと、
「もう少ししたら来ると思いますよ」
と白井が答える。

「大好きなかりん先生に会えなかったら、北斗先生きっと泣いちゃうだろうな!」

 そう言った途端、会場が笑いの渦に呑み込まれる。想像していたものとは違う空気感に、花梨は思わず目を瞬いた。

「はいはい、北斗先生のことはいいから。山之内先生が困っているでしょ?」
「はーい。ごめんなさーい」
「えっと……じゃあ……読んでもいいですか?」
「はーい!」

 思いがけない展開になったものの、おかげで緊張が解れた。だがそれと同時に心に一抹の不安を覚える。

 子どもたちが話す北斗先生が、彼だとしたらどうしよう……彼と顔を合わさないわけにはいかない。不安から唇をギュッと噛み締める。

 いや、今は考えるのはやめよう。だって私は絵本の読み聞かせのために来たのだから──花梨は気を取り直すと、持っていた絵本の表紙を子どもたちの前に差し出した。
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