妖精渉る夕星に〜真摯な愛を秘めた外科医は、再会した絵本作家を逃さない〜
客席の間を通り抜けると、ややくすみがかったグリーンの扉が現れた。北斗はその扉を開けると、花梨を中へと促す。しかし花梨の足は中に入るのを拒むように動かなくなった。
そこは個室で、いきなり二人きりで話すのはハードルが高く感じたのだ。八年前に仲違いをしてから再会するまで、一度も会ったことはない。
今日もあの日のことについて話せればいいと思って承諾しただけのこと。まさか個室で二人きりで話すことになるとは思いもしなかった。
これでは逃げ場がなくなってしまう。知り合いのお店であるのなら、勝手に店を飛び出すことも不可能かもしれない──そう考えてはっとする。きちんと話そうと覚悟をしたにも関わらず、未だに逃げることばかり考えてしまう自分に呆れた。
花梨は眉間に皺を寄せて北斗の顔をじっと見つめると、渋々口を開いた。
「個室なんて聞いてない……」
「だって言ったら来てくれないと思って」
「……普通の席じゃダメなの?」
「うん、ダメ。だって人がいたら、山之内さんは周りを気にして本音で話してくれないだろ? 一度思い込むとなかなか考えを曲げないし。だから二人だけの言葉で、ちゃんと集中して話がしたいんだ。それに普通の席なら絶対に逃げるのがオチだろうし」
花梨は驚いたように目を見開いた。どうしてここまで自分のことを読まれているのだろう。親と及川先生以外にそんなふうに言われたことはないのに──そしてあることに思い当たる。
「……まるで私のことを良く知っているかのような口ぶり」
その言葉を聞いた北斗が優しく微笑む。それは花梨の考えを肯定しているように思えた。
「及川先生が言っていたの? 私が一度思い込むとなかなか考えを曲げないって」
「正解。だから二人きりで真摯に想いを伝えて、誤解を解かないといけないって言われた」
「……いつの話?」
「先生が亡くなる一ヶ月くらい前かな。会うたびに言われ続けていたよ」
「連絡をとっていたの?」
「取り始めたのはこの一年くらいかな。先生がうちの病院を受診して再会して。だから頻繁ではないけど、二ヶ月に一度くらいの間隔で家にお邪魔させてもらっていたよ」
三年間文芸部だった自分よりも、この一年は北斗の方が連絡をとっていることに驚きを隠せなかった。だがそのことが花梨の心の壁を少しだけ砕いたことは間違いなかった。
花梨は拳をギュッと握りしめると、重たい足取りで部屋の中へ入った。
そこは個室で、いきなり二人きりで話すのはハードルが高く感じたのだ。八年前に仲違いをしてから再会するまで、一度も会ったことはない。
今日もあの日のことについて話せればいいと思って承諾しただけのこと。まさか個室で二人きりで話すことになるとは思いもしなかった。
これでは逃げ場がなくなってしまう。知り合いのお店であるのなら、勝手に店を飛び出すことも不可能かもしれない──そう考えてはっとする。きちんと話そうと覚悟をしたにも関わらず、未だに逃げることばかり考えてしまう自分に呆れた。
花梨は眉間に皺を寄せて北斗の顔をじっと見つめると、渋々口を開いた。
「個室なんて聞いてない……」
「だって言ったら来てくれないと思って」
「……普通の席じゃダメなの?」
「うん、ダメ。だって人がいたら、山之内さんは周りを気にして本音で話してくれないだろ? 一度思い込むとなかなか考えを曲げないし。だから二人だけの言葉で、ちゃんと集中して話がしたいんだ。それに普通の席なら絶対に逃げるのがオチだろうし」
花梨は驚いたように目を見開いた。どうしてここまで自分のことを読まれているのだろう。親と及川先生以外にそんなふうに言われたことはないのに──そしてあることに思い当たる。
「……まるで私のことを良く知っているかのような口ぶり」
その言葉を聞いた北斗が優しく微笑む。それは花梨の考えを肯定しているように思えた。
「及川先生が言っていたの? 私が一度思い込むとなかなか考えを曲げないって」
「正解。だから二人きりで真摯に想いを伝えて、誤解を解かないといけないって言われた」
「……いつの話?」
「先生が亡くなる一ヶ月くらい前かな。会うたびに言われ続けていたよ」
「連絡をとっていたの?」
「取り始めたのはこの一年くらいかな。先生がうちの病院を受診して再会して。だから頻繁ではないけど、二ヶ月に一度くらいの間隔で家にお邪魔させてもらっていたよ」
三年間文芸部だった自分よりも、この一年は北斗の方が連絡をとっていることに驚きを隠せなかった。だがそのことが花梨の心の壁を少しだけ砕いたことは間違いなかった。
花梨は拳をギュッと握りしめると、重たい足取りで部屋の中へ入った。