妖精渉る夕星に〜真摯な愛を秘めた外科医は、再会した絵本作家を逃さない〜
 自分からキスをすると、彼への気持ちを再確認出来るような気がして、もっと触れたいという想いが溢れてしまいそうになる。

 長い間唇を重ね合っていたが、急に北斗に体を抱き上げられて、再び位置が入れ替わる。

「やっぱりダメ……こんなに可愛い花梨を誰にも見られたくない」
「きっと誰も来ないよ……んっ……」

 貪るようなキスを繰り返され、腰が抜けそうになる。体が熱くなり、身も心も溶けてしまいそうになった。北斗の手がゆっくりと花梨の体を、背中からゆっくりと撫でるように這っていく。

 彼の指が花梨の指に絡まった、その時だった。左手の薬指にひんやりとした感触がし、花梨は驚いたように目を見開いた。

 唇が離れると、どこか照れたような顔でこちらを見ている北斗がいる。ドキドキしながら北斗に握られたままの左手に目をやった途端、花梨は右手で口を押さえた。

 左手にはダイヤの指輪が輝きを放っていたのだ。

「これって……」
「花梨と再会して恋人になれて、それだけでもすごく幸せだけど、一緒にいるとそれだけじゃ足りなくなってきたんだ。だから花梨、俺と結婚してくれませんか?」
「私だって北斗くんとずっと一緒にいたいって思ってた……でも、私なんかでいいの……?」
「じゃあ花梨は、俺なんかでいいの?」
「そんな……! 私は北斗くんがいい……」
「俺も同じ。花梨がいいんだ」

 自分だけじゃない。お互いに求め合うことがわかると、不安が消えてこんなにも安心出来る。

「今は妖精も通り過ぎずに、きっと近くで祝福してくれていると思うよ」

 それを聞いて、花梨はクスッと笑う。

「初めてキスをした日、もしかしたら妖精はわざと通り過ぎたのかも。だって私たちが見つめ合って、お互いへの気持ちを自覚する時間をくれたんだもの……」
「もしかしたら、ヤキモキしていた及川先生が呼び出したのかもしれないね」

 夜を迎えるまでの夕星の中、二人はどちらからともなく唇を重ねる。

「ねぇ北斗くん。私、前に言ったよね……小説の最終章が書けなくなったって。でも今なら書ける気がする……だってこんなに素敵なハッピーエンドを迎えられたんだもの」
「本当? それなら俺も花梨の作品を本にする準備を──」
「気持ちは嬉しいんだけど、それはちょっと待ってもらってもいい? あのね……もう一度公募にチャレンジしてみたいの。結果はどうなるかわからないけど、諦めずにもう一度小説に向かい合ってみようって」

 そう言った花梨の頭を、北斗が優しく撫でた。

「うん、俺も応援するよ。及川先生も喜ぶと思う」
「ありがとう……大好きだよ、北斗くん……」
「愛してるよ、花梨……もう絶対に逃さないから覚悟して」

 花梨は小さく頷く。甘酸っぱくてほろ苦い思い出が残る部室が、甘いキスと幸せなプロポーズの記憶に塗り替えられた。
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