罠に落とされた生贄姫は、荒野の悪魔の最愛となる
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 暗闇で声が聞こえる。
 ボソボソ、ヒソヒソ。
 どこかで聞いたような声。

「随分と派手にやってくれましたね。あれ、誰が掃除すると思ってるんですか」

 ああ、あの青年の声だ。
 あの、黒髪の――。

「すまん」
「悪いと思ってるなら、一人くらい残しておいてくださいよ」
「少しは残しておいただろうが」
「姿形が残っていても、『あれ』じゃ話になりません」
「すまん」

 それじゃ、この声は誰の声――?
 低くて、精悍な、この声、どこかで――。

「こうなったからには後には引けませんよ。わかってるんでしょうね」
「すまん」

 さっきから、あやまってばかり。
 ……なんだか、可笑しい。

「――まったく、和平交渉が聞いて呆れる」

 和平――?
 そうだ、わたし、交渉、任されて――。
 ハッと、目を開ける。見覚えのない天井。ここは、

「やあ、起きたな『生贄姫』」

 声の方を見やる。大きな男だ。あまりにも大きくて、顔が影になってよく見えない。がっしりとした体躯に厚手のマントをまとっている。それに、浅黒い肌と――白い髪?
 それはまるで、白銀(しろがね)を糸にしたような――この辺りでは見ない、珍しい髪色だが、そんなことより。
 ――彼は今、なんと言った?

「生贄? ……あなたは?」

 ぼんやりそう訊ねてから、シルヴィはベットから跳ね起きた。

「それより、式典は、交渉はどうなったのです?!」
「そんなもの、決まっているじゃないか」
「決まって――」

 潰れた果実。
 弾けた火花。
 滴り落ちる、紅い――紅い――。

 ああ、そうか。
 あれは夢ではなかったのか。

「決裂――ですか?」
「まぁ、そうなるな」

 シルヴィは思わず顔を覆った。あれが現実であることが信じられない。信じたくない。

「……国に戻ります。このことを急ぎ王に伝えなくては」
「それは出来ない相談だな」
「何故です! 使節団が魔王に刃を向けたのは、王の意志ではございません。わたくしは何も知らなかった! わたくしには事を(あらた)める責任があります!」
「わかってないな、あんた」

 白銀色の髪の男はじろりとシルヴィを睨みつける。

「狙われたのは『魔王』じゃない。お姫さん、あんただ」
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