罠に落とされた生贄姫は、荒野の悪魔の最愛となる
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「ルベルトワ王国第一王女、シルヴィ・アーナリス・ベルグ・バラデュール」
名を呼ばれ、玉座の前でシルヴィは深く頭を垂れた。
玉座の隣には王妃の姿もある。紅い絨毯に傅くシルヴィを取り囲むように、大臣の歴々がずらりと顔を揃えていた。玉座の檀左側に立つ、若き宰相ルドルウィンが朗々と文書を読み上げる。
「貴女をアンセイフ――通称『荒れ地』の、和平交渉における特派大使の任に命ずる」
シルヴィはすいと立ち上がり、まっすぐ玉座へと進む。国王の手ずから書簡を授与されると、自らに与えられた責任を重く、重く受け取った。
「――やはりわたくしは反対です」
数日後。旅立ちに備え姿見の前に座るシルヴィは不満そうな侍女の声に、視線をついとあげた。そのくりくりと丸いヘーゼルの瞳には、父王譲りの聡明な光が宿っている。
「どうして? アナンダ」
「姫様はルベルトワ王国の王位継承者でございますよ。それを荒れ地など辺境の地へ、わざわざ和平交渉に出向かれるなど……」
背中まである小麦色の髪を梳いていた、しわがれた手が止まる。
「荒れ地の対策は、王国にとっても第一に考えなくてはならない懸案よ。近隣国との均衡を保つためにも、彼らとの同盟は必要不可欠なの。王族を特派大使に任命するくらいには重要な交渉だと理解しているつもりよ」
「けれど、姫様は荒れ地の魔王の噂はご存知なのですか?」
ドレスに袖を通しながらシルヴィは頷く。
「ええ知っているわ」
『荒れ地』を統べる漆黒の鎧を身に纏った異形の悪魔――。これまでルベルトワの地を一歩も出た事のないシルヴィの耳にもその噂は届いている。
ここルベルトワ王国、西に位置する商業国家レーメルン公国、そして北の大国ヴォルディアナ帝国。この三国の国境地帯に位置する大地こそ、アンセイフと呼ばれる場所だった。
かつて栄えた幻の文明国ジクマ。
その跡地に建つとされるその地は、どの国にも属さない自由貿易の交差点として栄えていた。しかし数十年前にヴォルディアナの皇帝として暴君と噂される将軍バルバロッサが即位してから事態は大きく変わってしまう。一方的な宣言により交易が途絶え、次第に衰退していった都市は、いつしか野盗が巣食う無法地帯、『荒れ地』と呼ばれるようになっていた。
そんな地が圧倒的な武力により統治されたのは、この近年のことである。
中でも立役者となったのが、亡国ジクマの正式な後継者を名乗る者。――それが件の魔王だった。
「ルベルトワ王国第一王女、シルヴィ・アーナリス・ベルグ・バラデュール」
名を呼ばれ、玉座の前でシルヴィは深く頭を垂れた。
玉座の隣には王妃の姿もある。紅い絨毯に傅くシルヴィを取り囲むように、大臣の歴々がずらりと顔を揃えていた。玉座の檀左側に立つ、若き宰相ルドルウィンが朗々と文書を読み上げる。
「貴女をアンセイフ――通称『荒れ地』の、和平交渉における特派大使の任に命ずる」
シルヴィはすいと立ち上がり、まっすぐ玉座へと進む。国王の手ずから書簡を授与されると、自らに与えられた責任を重く、重く受け取った。
「――やはりわたくしは反対です」
数日後。旅立ちに備え姿見の前に座るシルヴィは不満そうな侍女の声に、視線をついとあげた。そのくりくりと丸いヘーゼルの瞳には、父王譲りの聡明な光が宿っている。
「どうして? アナンダ」
「姫様はルベルトワ王国の王位継承者でございますよ。それを荒れ地など辺境の地へ、わざわざ和平交渉に出向かれるなど……」
背中まである小麦色の髪を梳いていた、しわがれた手が止まる。
「荒れ地の対策は、王国にとっても第一に考えなくてはならない懸案よ。近隣国との均衡を保つためにも、彼らとの同盟は必要不可欠なの。王族を特派大使に任命するくらいには重要な交渉だと理解しているつもりよ」
「けれど、姫様は荒れ地の魔王の噂はご存知なのですか?」
ドレスに袖を通しながらシルヴィは頷く。
「ええ知っているわ」
『荒れ地』を統べる漆黒の鎧を身に纏った異形の悪魔――。これまでルベルトワの地を一歩も出た事のないシルヴィの耳にもその噂は届いている。
ここルベルトワ王国、西に位置する商業国家レーメルン公国、そして北の大国ヴォルディアナ帝国。この三国の国境地帯に位置する大地こそ、アンセイフと呼ばれる場所だった。
かつて栄えた幻の文明国ジクマ。
その跡地に建つとされるその地は、どの国にも属さない自由貿易の交差点として栄えていた。しかし数十年前にヴォルディアナの皇帝として暴君と噂される将軍バルバロッサが即位してから事態は大きく変わってしまう。一方的な宣言により交易が途絶え、次第に衰退していった都市は、いつしか野盗が巣食う無法地帯、『荒れ地』と呼ばれるようになっていた。
そんな地が圧倒的な武力により統治されたのは、この近年のことである。
中でも立役者となったのが、亡国ジクマの正式な後継者を名乗る者。――それが件の魔王だった。