罠に落とされた生贄姫は、荒野の悪魔の最愛となる
「拳一つで岩をも砕くとか、叫び声だけで木々をなぎ倒すだとか、本当だとしたらすごいことよね」

 冗談めかして言ってみたが老女の表情は曇ったままだ。

「そんな恐ろしげな輩の元にその身一つで向かわれるなんて……せめてわたくしがお傍にいてさしあげられたら。口惜しゅうございます」
「大げさよ。お付きの侍女も、屈強な護衛も、ちゃんと準備してくれると聞いているわ」
「それでも!道行きに姫様のお傍つきであるわたくしを外すなど考えられません!」
「あなたのその体で長旅は無理よ、アナンダ」
「姫様……」
「交渉といっても難しい事はほとんど終わっているもの。後はわたしが出向いて正式な書簡を手渡すだけ。すぐに戻って来れるわ」

 侍女のアナンダはシルヴィの乳母でもある。侍女の中でも最古参である彼女は、持病の悪化を理由に近く領地に帰ることが決まっていた。
 アナンダが傍にいてくれればどんなに心強いか。そう思わないでもない。それでも持病を押してこれまで付き添ってくれた事を思えば、ここは多少意地を張ってでも強がって見せる事が彼女への(はなむけ)だろう。

「荒れ地の支配者が魔王になってからというもの、レーメルン公国に向かう交易馬車の襲撃も格段に減ったと聞くわ。アラン卿だって言ってじゃない。きっと話の分かる人なのよ」

 アラン卿は王の盟友でもある信頼のおける人物だ。荒れ地との同盟はアラン卿が中心となって推し進めていた政策だった。
 これは彼が何度も交渉に立ち、ようやく掴んだ和睦への道である。各国と小競り合いを続けるヴォルディアナ帝国がいつこの国(ルベルトワ)へ攻め入るともわからない。強大な力を持つと言われる荒れ地の協力は喉から手が出るほど欲しいものなのだ。

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