辣腕クールな脳外科医は、偽りの婚約者を甘く堕として妻にする
「よろしくお願いします」
 ノリが軽く頭を下げた。
「こちらこそよろしくお願いします」
 沙耶も同じように頭を下げたとき、涼花が思い出したように、壁にもたれていた男性を右手で示した。
「それと、彼は小早川匠真くんね」
「よろしくお願いします」
 沙耶の会釈に、匠真と紹介された男性が軽くうなずいた。
「あの、小早川さんもプラチナで働いているんですか?」
 沙耶の問いに、匠真と涼花が同時に答える。
「いや、俺はただの客だ」
「ううん、匠真くんはお客さま」
 涼花が「被っちゃった」と笑いながら匠真を仰ぎ見た。匠真は静かにうなずく。
 涼花は彼を名前で呼んでいるし、ふたりともため口で話している。単なる客とオーナーシェフの関係ではなさそうだ。
(親しそうだし、もしかしたら恋人同士なのかも)
 美男美女でお似合いだ、と思ったとき、ヒーコがトレイを持って慎重な足取りで近づいてきた。
「はい、秋のオリジナルハーブティー、お待ちどおさま」
 ヒーコは沙耶の前にガラスのティーカップとソーサーを置いた。カップはメニューの写真で見たとおり、淡い蜂蜜色の液体で満たされていて、鮮やかなミントの葉が浮かべられている。
「匠真くんのホットコーヒーはここに置きますね。料理は少々お待ちください」
 ヒーコは沙耶の左側の席にコーヒーカップを置いた。彼女がキッチンに戻ったとき、赤いドアが開いて軽やかなベルの音が鳴り、三十歳くらいの女性が三人入ってくる。
「いらっしゃいませ」
 涼花はさっと立ち上がって、沙耶に「ゆっくりしていってくださいね」と声をかけた。
「はい、ありがとうございます」
 涼花は沙耶の声に軽くうなずき、すぐにカウンターを回ってキッチンに入った。手を洗ってダークブラウンのカフェエプロンをつけて、同色のキャスケットを被る。
 キビキビと動く涼花をぼんやりと目で追っていたら、匠真が沙耶の左側の席に座った。彼が静かにコーヒーを飲み、沙耶はハーブティーのカップに両手を添える。
(いい香り)
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