辣腕クールな脳外科医は、偽りの婚約者を甘く堕として妻にする
 涼花に言われて、沙耶は首を軽く横に振った。
「いえ、大丈夫ですよ」
「でも、匠真くんと過ごすんでしょ?」
 涼花が沙耶の肩にコツンと肩を当てた。沙耶は頬を赤くしてうなずく。
「はい。仕事が終わったら来てくれることになってます」
 これから年末年始にかけて忙しくなるそうなので、一足早くふたりでクリスマスパーティをする予定なのだ。とはいえ、彼が今日はオンコールの日だと聞いているので、アルコールで乾杯はせず、家で普通に食事をとるだけのつもりである。
「特にこの時期、お医者さまはスケジュールが読めないもんねぇ」
 そんなことを話しながらふたりで外に出て、いつものように警報装置をセットした。それから涼花と別れて駅に向かう。電車で家に戻るとすぐに、前日に作って冷蔵庫に入れておいたビーフシチューをガスコンロにかけた。そのあと、甘いクリームが苦手な匠真のために、フルーツタルト作りに取りかかる。
 といっても、朝早く起きて生地を作り、冷蔵庫に入れて休ませていたので、それを型に入れるところから始める。
 厚さが均一になるようにタルト生地を麺棒で伸ばして型に敷き込み、冷蔵庫で少し休ませた後、オーブンで焼いた。網の上で完全に冷ましたら、アーモンドクリームを敷いていちごやブルーベリー、キウイなどのフルーツを彩りよく並べる。
(匠真さんのお口に合うといいな)
 好きな人のことを考えながら、心を込めて作った。食べることも料理をすることも好きだが、大切な人のために作るのは、胸がドキドキすると同時に温かく幸せな気持ちになる。
 仕上げとして、水と砂糖を沸騰させた後、粉ゼラチンを混ぜたナパージュを作り、ハケで表面に塗れば完成だ。
「できた!」
 冷蔵庫に入れて壁の時計を見たら、午後八時近かった。
(匠真さん、まだ仕事かな)
 ふと充電器に置いていたスマホを見ると、通知ライトが点滅している。
「あれ」
 手を洗ってスマホを取り上げたら、匠真からメッセージが届いていた。三十分ほど前に届いていたが、夢中でタルトを作っていて気づかなかったようだ。
【すまない。緊急手術で行けなくなった】
 急いで打ち込んだような短い文面から、大変な状態なのだとわかる。返信しようかと思ったが、もう執刀中かもしれない。
 迷惑になってはいけないので、返信はせずにリアクションスタンプを押した。
(お医者さまって、本当に大変なんだ……)
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