蝶々結び【完結】
陽向先生は、結衣の方へ向き直り、微笑んだ。
「……僕はやっぱり、待てない方だからさ。」
その笑顔は、いつもの爽やかさとは違っていた。
まっすぐで、どこか切なくて、けれど温かい。
川の水面に反射した光が、彼の髪をきらきらと照らしている。
その光景に、結衣の胸がまた強く鳴った。
陽向先生は一歩近づき、真剣な眼差しで言葉を紡ぐ。
「橘さん。
例えるなら……僕は、これからも一緒に歩み寄って、ちゃんと向き合って、
“正しい結び方”を君に伝えたいんだ。」
「正しい……結び方?」
「あぁ。
もし緩くなりそうなら、もう片方の糸を支えられるように僕が引っ張る。
たとえ君の言う"蝶々結び"が、どんな形だったとしても、
二人で支え合って結べば、きっとほどけない。」
言葉が静かに風に溶けていく。
そして陽向先生は、少し照れたように笑った。
「まぁ……要するに、僕はずっと、ずっと橘さんが好きって言いたいんだけどっ!」
その真っ直ぐな告白に、結衣の心が一瞬で熱くなった。
目の奥がじんわり滲み、頰を伝う涙が止まらない。
「陽向先生……。そんな風に言われたら、私はっ……。」
陽向先生は一歩、また一歩と近づき、
そっと結衣の頰に手を伸ばした。
「泣かないで。……橘さんの涙、綺麗だから困る。」
その優しい指先が触れた瞬間、
結衣の中の“硬く結ばれた糸”が、静かにほどけていくのを感じた。
結衣は小さく笑い、涙を拭った。
「……私も、あなたが好きっ…。」
「知ってる。」
陽向先生はふっと微笑み、結衣をやさしく抱き寄せた。
温かい腕の中で、
ようやく心の蝶々結びがひとつ、しっかりと結ばれた気がした。
――夕陽が沈む川辺で、
二人の影がゆっくりと重なっていった。