蝶々結び【完結】




 その夜、部屋で荷物をまとめながら、窓の外の街灯をぼんやり見つめていた。


 段ボールの中には、二人で撮った写真、誕生日にもらった小さなブレスレット、手書きのメモ。

 一つひとつ箱にしまうたびに、心のどこかが静かにほどけていく気がした。




 「もう、いいよね。」




 そう呟いた瞬間、初めて涙がこぼれた。
 その涙は、思っていたより温かかった。




 翌朝、鏡の前で髪を切った。

 ハサミが落とす音が、静かな部屋に響く。

 長く伸ばした髪が肩に落ちていくたびに、過去の自分をひとつずつ手放していくようだった。



 美容師に「本当に切っちゃっていいんですか?」と聞かれて、
 「はい、大丈夫です」と笑って答えた時、
 少しだけ、本当に笑えた気がした。




 電車がホームに滑り込んでくる。

 ドアが開いて、人々が流れ込む。

 結衣は小さく息を吸って、前を向いた。




 ほどけた糸を、もう一度結べる日は来るのだろうか。


 そう思いながらも、心の奥で誰かに見えない結び目を作っていた。



 ――“もう恋なんてしない”と固く結んだはずの糸。



 だけど、人生の糸はいつも思い通りに結べない。




 このあと彼女が出会う「ある男性」が、その糸を再び引き寄せてしまうことを、
 この時の結衣はまだ知らなかった。


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