後悔しない、ひとつのこと
しばらくして、同期の医師が来た。

「よっ、調子どう?」

私は睨んでしまった。

元気づけるために、わざと明るく言ってくれているのだと。

そう、わかっていても。

「何か用?」

また突き放すように言う。

「うん、娘さんの話。聞きたい?」

遠慮がちに尋ねる声は、私の胸にずっしりと響いた。

「爽も...刺されたの?」

一体どれだけ苦しかったろう。

どれだけ怖かったろう。

あの子は昔から怖がりだった。

でも人を助ける時はそんなの気にしてないようで。

まさか、私を助けようとしたんじゃ_

「刺されてないよ」

「え?じゃあ爽はどうして...」

意味がわからない。

刺されなかったのなら爽は.....生きてるはず。

「事故だったんだ」

事故...?

「男から必死に逃げて。赤信号だったんだ。搬送された時はまだ意識があった。言ってたよ。''お母さんに言われたこと、ちゃんとやったよ。ごめんね''」

そこで言葉が途切れた。

もう、それ以上話せなくなっていた。

俯き、ただ涙を流してくれた。

私は最近、爽に愛を伝えていたのだろうか。

''お母さんの1番の宝物だよ''

''生まれてきてくれてありがとう''

そんな言葉を伝えただろうか。

''またゴロゴロしてる''

''ちゃんとしなさいよ''

''何をしているの''

そんな小言しか言ってなかったんじゃないか。

「ごめんっ....ごめんね、爽」

''爽はもういない''

なぜかその現実だけが頭に入ってきて。

泣き崩れてしまった。

人目も気にせず、年甲斐もなく。

いつも思っていることは伝わってると。

今じゃなくても伝えられると。

そんなわけないとわかっていたはずなのに。

その後悔をたくさん見てきたはずなのに。

伝えられていなかった。

「爽、大好きだよ」

行くあてのない言葉は、病室の中を漂っている気がした。
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