大書庫の白薔薇は恋の矢印を間違える〜推しの恋を叶えるために化けてみたら、なぜか王子にロックオンされました〜
第一話 最推しの恋
わたしは激怒した。
かの邪智暴虐の女、わたしの最推しであるフィオナさまを泣かせた誰かを除かなければならぬとまでは決意しなかったが。
「え、え、だけど……学院、辞めるの、だめ……と、思う、です」
渾身の怒りを声に込めてるつもりだけど、言葉の後半が情けなくしぼんでゆくのが自分でもはっきりとわかってしまう。
それでもフィオナさまには聴き取ってもらえたらしい。わたしの言葉に少しだけ微笑んで、だけどまた唇を噛んで俯いてしまった。
天井の小さな灯り取りから差し込んでくる柔らかな光に、美しくウェーブを描く彼女の薄桃色の髪が小さく揺れている。
「……ごめん。なんだかね、ちょっと、折れた。もう時間もないし」
「ま、まだ、半月もある、じゃないです、か。花誓の宵まで」
「一年半、がんばったんだもん。あと半月でできることなんてないよ」
「……う、うぇおぅ……」
なにかいいことを言おうとしたが、自分でも怪しいと思う謎の音声しか出てこない。フィオナさまと同じように俯いてしまう。目深に被る漆黒の司書用ローブがずりりと額から落ち、口元までを覆う。
そんなわたしの様子に気がついたのか、フィオナさまは顔をあげ、もういちど柔らかく微笑んでくれた。
「……ありがとうね、ノエラ」
「ふえっ」
「いつもわたしの相談、乗ってくれて。そして、ごめんなさい。本当はね、最初から無理だってわかってたんだ。わたしの手の届くようなひとじゃないって、知ってた。でも、やっぱり諦めきれなくて……」
ふるふると頭を振ると、わたしの顔の前でフードが揺れた。その奥から見ているフィオナさまの瞳がみるみる潤んでくる。
「あの公爵令嬢がおっしゃったこともほんとうだもの。うちは伯爵家っていったって、古いし小さいし、もう名前だけみたいなものだし。不釣り合いってわかってる。だから、いつもそんな物欲しげな視線をあの方に向けないでっていうお叱りも、当然と思う」
「そ、そんな、こと……フィ、フィオナさま、ほんと素敵だし、が、がんばってるし、たくさん勉強してるし、それで、あの……」
「ふふ。ありがと」
フィオナさまが笑って首を傾けるのと、ぽろっと雫がその切れ長の目元から溢れるのとは同時だった。
推しの涙はわたしの心臓を数拍ほど停止させた。尊さと哀しさがごちゃまぜになってわたしを襲う。走馬灯が走る。
見えているのは、彼女がはじめてこの大書庫に現れたときのことだ。