大書庫の白薔薇は恋の矢印を間違える〜推しの恋を叶えるために化けてみたら、なぜか王子にロックオンされました〜
入学試験で満点をとった令嬢がいるという噂はわたしも聞いていた。
王国南部の古い伯爵家のひとり娘で、整った容姿と聡明さを兼ね備えた才媛だとも。さぞかしお高く止まったご令嬢だろうなあ、と想像していたのだ。
そうしたら、その本人がやってきた。入学式の当日に。
薄暗い書庫のなかから見た彼女の姿は、光を背負って輝いてみえた。
でも、大書庫は基本的に一見さんお断りだ。わたしが決めたルールではない。そういう伝統なのだ。誰かの紹介なくしては入れないし、相手にしない。それに、きっと軽い小説かなにかを求めて間違えてきたのだろう。
なにも言わずに背を向けたわたしに、フィオナさまは深く頭を下げた。実家、伯爵領の周辺の気象と土壌の古い記録を調べたい。何年も農作物が不作だし、疫病も流行っている。その原因が知りたい。彼女はそう訴え、なんども頭を下げたのだ。
それでもわたしは、頷かなかった。どうせ暇なご令嬢の思いつきだ。
彼女はいったん帰ったが、次の日も、その次の日も現れた。三日後には、たくさんの書付を携えていた。自分で考えた仮説を論文のかたちにまとめたという。しぶしぶ受け取ってざっと目を通したわたしは息を呑んだ。彼女の仮説は、わたしが知るその地方の過去の記録と寸分たがわず一致していたのだ。
それを彼女はおそらく二日、もしかしたら一晩でまとめてみせた。
気づけばわたしは結界魔法を解除して、彼女を書庫に招き入れていた。
入学そうそう、フィオナさまは学年の役員となったらしかった。それでも忙しい合間を縫って、週に一度は書庫にやってきた。
目的の調べ物は順調だった。わたしも司書として資料探しを手伝ったし、彼女の記憶力とものごとをつなぎ合わせるセンスは目を見張るものがあったのだ。わたしはやがて彼女を手伝うことを楽しみにするようになっていった。
そうして、長年のひきこもり暮らしで他人とまともに会話できないわたしに合わせ、ゆっくりといろいろなことを話してくれる彼女は、利用者から友人に格上げになり、友人から親友へ、そして推しへと変わっていったのである。
そう。ちょろいのだ、わたしは。自覚している。
そんな、ある日。
彼女がこっそり教えてくれた、この学院に入ったほんとうの理由。