大書庫の白薔薇は恋の矢印を間違える〜推しの恋を叶えるために化けてみたら、なぜか王子にロックオンされました〜

 「き、今日も、声、かけられ、なかったんですか……?」
 「……うん。今日はおなじ講義にいらっしゃるって知ってたから、覚悟を決めて待ってたんだけどね。近寄ることもできなかった。ちょっと離れたところから見てただけで、取り巻きのひとたちに怒られちゃったもん」
 「……おのれ、公爵令嬢ども……」
 「仕方ないよ。あのひとは、そういうお立場の方」

 あの、ひと。
 数年前、フィオナさまが伯爵である父について王宮に登ったときに見かけた、とある男性のことだ。深くとっていた礼から顔をあげ、その姿を瞳に映した瞬間にすべてが決まってしまったらしい。
 彼女自身も戸惑い、はしたない、と首を振りながら、それでも自分のなかでどんどん大きくなる相手の姿を打ち消すことができなかったという。
 やがてその気持ちが抑えきれなくなった彼女は、王都に出たいと両親に訴えた。貴族の子弟が通う学校、この貴族学院に意中の男性が入学したことを知ったのだ。
 だけど、ご両親は許さなかった。
 この国は貴族間の婚姻について比較的ゆるやかだ。大きな身分差があっても、互いの家さえ納得すれば結婚は許される。ただ、フィオナさまはひとり娘だったのだ。家を守るために婿をとる必要があった。跡取りである婿を、娘の気持ちだけで選ばせるわけにはいかない。

 それでも、フィオナさまは諦めなかった。
 領地経営について必死に勉強し、どんな夫でも自分が支えるという覚悟を見せた。好きなものを封印し、令嬢どうしの交流も断って、学院への入学試験では満点をとってみせた。

 その姿に、とうとうご両親も折れたという。
 ただし、条件が付けられた。
 花誓(かせい)の宵で、そのひとから花を受け取ること。
 それが叶わなければ、家に戻ってきて親が決めた縁談に従うこと。

 花誓の宵は、学院でもっとも大きなイベントであり、出会いの場だ。貴族としての教養を高めるためという建前で催されるこの夜会で、男性はダンスの相手に選んだ女性に花を贈ることになっている。
 そして、選ばれた女性が頷けば、ふたりのつながりは公式なものとして皆が認めるものとなる。そのまま卒業と同時に結婚、となることが普通なのだ。
 フィオナさまのご両親も卒業生で、花誓の宵で結ばれた間柄らしい。
 花誓の宵には二年次から参加できることになっているから、ことし進級したフィオナさまにはやっと巡ってきた機会だ。

 派手な容姿ではないけれど、フィオナさまはほんとにお綺麗だ。内側からほんのりと光を放つようなそのお姿は、柔らかく穏やかな微笑は、澄み通った肌は、いくら眺めていても飽きることがない。女のわたしでそうなのだから、殿方などいちころだろう。どんなご身分の方だろうと。
 最初はそう、思っていた。
 でも。

 「……まさかの、王子さまだもんなぁ……」


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