鬼上司のバニーガール ~部長、あなたが撫でているのは愛兎ではなくあなたの部下です~
第一章 部長、私はうさぎではありません
厚くて大きな男らしい手が優しく〝それ〟を撫でている。一定のリズムで、毛の流れに沿うようにして、繰り返し何度も。
「よしよし。いい子だな、スイ」
とてもやわらかくて温かな声だ。普段の彼の声には温もりなど一切感じられず、むしろ冷たさを覚えるほどだというのに。これではまるで別人のようだ。
俄には信じがたいが、『スイ』という存在がそうさせているのだろう。そうでなければ、これほど慈しむように『スイ』と呼ぶはずがない。
では、その『スイ』とは一体何者なのか。これはあくまでも予想だが、目の前にいるかわいらしいうさぎのことではないかと思う。この愛らしい生き物を前にしたら、声音が優しくなるのも納得だ。
しかし、その推察が正しかったとして、今の状況はどうにも解せない。なにしろ彼が撫でているのは、そのうさぎではないのだ。
現在進行形でなおも撫でられているのは牧野梢・二十七歳・人間。さらに付け加えるならば、この男の部下だ。
なぜかうさぎと間違われ、上司に頭を撫でられている状況に、梢はまったく理解が追いつかない。人生二十八年目にして発生したこの非常事態に、もはやパニックに陥っている。
梢はなんとかしてこの状況を打破しようと、産声に勝るとも劣らない渾身の叫び声を上げた。
「部長っ! 私はうさぎじゃありません!」
腹の底から発したその叫びはただ虚しく部屋に響き渡る。彼のなでなでは一向に止まらない。それどころか愛おしそうに撫でながら、甘い微笑みまで向けてくる。
普段とはあまりにも違うその様子に、鳥肌が立つほどの恥ずかしさを覚える。もうこれ以上は耐えられない。梢は両手で顔を覆い隠した。
一体全体どうしてこうなってしまったのか。梢にはその答えがさっぱりわからない。
ただ一つ言えることは、これほどまでに人格を変えてしまう酒の力はとても恐ろしいということだ。
この酔っ払いを押しつけてきた連中が心底恨めしい。こうなるとわかっていたからこそ、押しつけてきたのではないだろうか。あのとき、咄嗟に突っぱねられなかったことが今になって悔やまれる。
梢は少し前までこの上司と参加していた飲み会を思い返すと、深いため息をこぼした。
「よしよし。いい子だな、スイ」
とてもやわらかくて温かな声だ。普段の彼の声には温もりなど一切感じられず、むしろ冷たさを覚えるほどだというのに。これではまるで別人のようだ。
俄には信じがたいが、『スイ』という存在がそうさせているのだろう。そうでなければ、これほど慈しむように『スイ』と呼ぶはずがない。
では、その『スイ』とは一体何者なのか。これはあくまでも予想だが、目の前にいるかわいらしいうさぎのことではないかと思う。この愛らしい生き物を前にしたら、声音が優しくなるのも納得だ。
しかし、その推察が正しかったとして、今の状況はどうにも解せない。なにしろ彼が撫でているのは、そのうさぎではないのだ。
現在進行形でなおも撫でられているのは牧野梢・二十七歳・人間。さらに付け加えるならば、この男の部下だ。
なぜかうさぎと間違われ、上司に頭を撫でられている状況に、梢はまったく理解が追いつかない。人生二十八年目にして発生したこの非常事態に、もはやパニックに陥っている。
梢はなんとかしてこの状況を打破しようと、産声に勝るとも劣らない渾身の叫び声を上げた。
「部長っ! 私はうさぎじゃありません!」
腹の底から発したその叫びはただ虚しく部屋に響き渡る。彼のなでなでは一向に止まらない。それどころか愛おしそうに撫でながら、甘い微笑みまで向けてくる。
普段とはあまりにも違うその様子に、鳥肌が立つほどの恥ずかしさを覚える。もうこれ以上は耐えられない。梢は両手で顔を覆い隠した。
一体全体どうしてこうなってしまったのか。梢にはその答えがさっぱりわからない。
ただ一つ言えることは、これほどまでに人格を変えてしまう酒の力はとても恐ろしいということだ。
この酔っ払いを押しつけてきた連中が心底恨めしい。こうなるとわかっていたからこそ、押しつけてきたのではないだろうか。あのとき、咄嗟に突っぱねられなかったことが今になって悔やまれる。
梢は少し前までこの上司と参加していた飲み会を思い返すと、深いため息をこぼした。
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