人魚のティアドロップ

式が終わり、披露宴の準備の為お待ちくださいと言われ、チャペルの前で待っていると、黒いアイアンの両開きの扉の向こう側で




海李先輩の姿を見た。



先輩はカーキ色のブルゾンにジーンズ、中は黒のタートルネックと言う姿で式に参加する服装ではなかった。

先輩。

私の初めての恋。初めて愛した人。はじめての―――

たくさんのはじめてをあなたにもらいましいた。

「海斗、ママとちょっとあのおじさんとお話しよう?大丈夫、いい人だよ」と海斗に言うと

「うん」と素直な海斗は頷いた。

翔琉には悪いけど「ここでちょっと待ってて」と言い、因みに翔琉は海李先輩には気づいてないみたいだった。

私は海斗の手を引いて海李先輩に近づき、アイアンの格子を掴むと

「美海―――」

先輩はすぐに気づいてくれた。

「先輩も沙羅先輩の結婚式に?」

「ああ、呼ばれたけどあいつの結婚式なんて興味がなかった。けど美海は来るだろうと思って」

何で―――海李先輩には分かっちゃうんだろう。

私はアイアンの扉を少し開けると、手を繋いだままの海斗を少しだけ前に押し出した。

「先輩の子です。名前は海斗」

「俺の――――?」先輩は目を開いた。



「最後の夜、あの時の子です。一度でいい。抱きしめてあげてください」



先輩の黒い瞳を見るとそこに初めて今までに見たことのない光を見た気がした。

それは透き通っていて、輝かしい。いつか見た、プールの底から見上げた夏の夜の星のような。

「おいで」先輩はぎこちない手つきで海斗を呼び、私は「行きなさい」と海斗の背を押した。見知らぬ人には警戒心を抱く海斗は何も言わず海李先輩に近づいた。本能的に気づいたのだろうか。実の父親だということを。

一歩、二歩……三歩。海李先輩に近づくにつれて涙が浮かびそうになった。

先輩は海斗を抱き上げると




「意外と重いな。

でもこれが命の重さ―――なんだな」




とうとう堪えきれず涙が溢れてきた。

「先輩、私……結婚しました。私のこと、海斗のこと、とても大切にしてくれる大事な人」

「……そっか」

「先輩が言ってくれたきれいな生き方、したいです」




「きれいだよ。


今までで一番」




先輩は悲しそうな嬉しそうな複雑な笑みを浮かべて海斗の髪を撫でた。

「俺に似てイケメンに育つな」

「先輩に似てヤンチャにならなければいいんですけど」

「俺はヤンチャじゃないぞ?」

「先輩、私は先輩の人魚姫です、先輩の胸に探検を突き刺そうとしてできなかった。泡になって……」

「いや、ずっと美海は俺の人魚姫だよ。きれいで可愛くて、言葉が話せなくてすれ違って、それでも俺はずっとずっと美海を思っている」

やがて先輩は海斗を下ろすと、

「美海、俺はやっぱり美海のきれいな世界を汚すことはできない。幸せに暮らせよ」

「先輩こそ、幸せに……元気に…」

「ママ……何で泣いてるの?」いつの間にか私の元に戻ってきた海斗が私のスカートの裾を引っ張った。

「泣いてなんか…ないわよ。嬉しかったの」

海李先輩に会うのはきっとこれが本当に最後だろう―――



さよなら大好きだった人。

さよなら、はじめて愛した人。


さよなら。


たくさんの『さよなら』を心に響かせて――――


「美海ーーー、海斗ーー!披露宴始まるって!」翔琉が呼んでいる。

「うん、今行く」とちょっと大きな声で答えて振り返ると、もうそこには海李先輩の姿はなかった。

ありがとう、さようなら。

最初で最後。

私が本気で愛した人。

私が泡になって消えても、いつかあなたの元に届くように、願いを込めて。
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