至上最幸の恋
 だけど、この喜びに浸るのは、ほんの一瞬だけ。お受けするわけにいかないわ。

「せっかくのお誘いですが……あいにく、このあとは予定が入っていて」

 声は震えていなかったかしら。ちゃんと言えたわよね、きっと。
 瑛士さんは特に気にした様子もなく頷いた。

「そうか。相変わらず忙しいな。今日も、なんとか時間を作ってくれたんだろう?」
「黒瀬さん……マネージャーさんが、うまく調整くださって。ゆっくり鑑賞させていただきました」
「それはよかった」

 瑛士さんとお話していると、胸が温かくなる。たわいない会話でも、少しも飽きないの。
 もっと話していたい。もう少しだけ、この優しい時間の中にいたい。そう思ってしまう自分がいる。

 だからこそ、早く離れなくちゃ。

「それでは、そろそろ失礼いたしますね」
「ああ。来てくれてありがとう。絵が返ってきたら連絡する」
「はい、楽しみにしております」

 本当は、楽しみになんてしてはいけないのに。
 そう思いつつ、小さく会釈をして、まだ展示を見て回るという瑛士さんと別れた。

 美術館を出ると、夕方の空気は思ったよりも柔らかかった。

 これでいいの。苦しさは、きっと少しずつ和らいでいくはず。大丈夫。
 そう自分に言い聞かせても、胸の奥にはまだ、あの絵の余韻と瑛士さんの声が残っている。
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