至上最幸の恋
薄氷に透けていたもの
 日展で受賞してから、絵の制作依頼が一気に増えた。桂木さんのおかげもあって、少しずつ知名度が上がってきているらしい。

 これまでの絵もいくつか売れたが、意外だったのは、その半数近くが海外のコレクターだったということだ。

 しかもそのうちのひとりは、伊藤若冲の葡萄図と出会って以来、熱心に日本画を集めているというアメリカの著名な蒐集家。オレの絵をいたく気に入ったようで、依頼以外の新作を描いたら連絡をくれと言われた。

 絵が1枚売れるだけで、ドライバーとして1か月に稼ぐ給料以上が手に入る。おかげで、画材を買う金にも余裕が出てきた。
 それでも、画業に専念する覚悟は、まだ定まっていない。その希望すら、律にはまだ伝えられていなかった。

「あなた、行ってくるわね」

 日曜日の昼。制作のために部屋へこもっていると、ドアの外から律が声をかけてきた。ひとまず手を止めて、部屋を出る。

「夕飯は温めて食べてね」
「あぁ、ありがとう」

 ここのところ、律は外に出ることが増えていた。今日は会社の同僚とコンサートへ行くと言っていた。
 最近はまた、オレも絵の制作にかかりきりだ。気を遣って家にいるより、外で息抜きをするほうがいいだろう。

 オレ自身も、律が自由にしてくれていることが、正直ありがたかった。
< 167 / 179 >

この作品をシェア

pagetop