至上最幸の恋
 オレが心惹かれた東山魁夷の日本画には、目に見えない情緒が漂っていた。それはおそらく、彼自身があえて「物語」を描いていないからだ。

 鑑賞する人間が、それぞれ自分の心を投影できるような空白がある。だからこそ、観るたびに違う余韻を感じるのだと思う。

 オレも、そういう絵を描きたい。それぞれの心が映し出されるような、透き通った景色を。

 エリサという人間を描いた意味は、オレにとって非常に大きい。心の深いところまで潜り、さまざまな視点で見つめることができたからだ。

 それと同時に、自分自身の心も見えてきた。

 なぜ、エリサを描きたいと思ったのか。ただ単純に、見た目の美しさに惹かれたからではない。
 そんなことは、3年前の時点で分かっていた。そのときに真っすぐ見つめられなかった想いが息を吹き返したのは、エリサとの再会を予感していたからだろうか。

 いまさら自覚したところで、どうなるというんだ。オレとエリサの道が交わることは、もうない。

 ふと、磯崎の写真集が目に入った。
 本棚から出して、なにげなくページをめくる。彼の人柄がそのまま出ているような、廉潔な写真ばかりだ。

 祝賀会の2日後に写真集が届いたときは、さすがに驚いた。忙しいはずなのに、本当にすぐ送ってくれたのだろう。やはり磯崎は、誠実な人間だと思った。
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