至上最幸の恋
「この絵も、価値が上がりそうだよなぁ」

 ある日。いつものようにコレットで昼食をとっていると、慧が瑞巌寺の絵を眺めながら感慨深げに言った。

「別に、売ってもいいんだぞ。たいした金額にはならねぇだろうけど」
「売るわけないだろ。店を引退しても、ずっと家に飾らせてもらうよ」

 慧のこういうところは、昔から変わらない。物というより、そこに込められた人の想いを大切にする男だ。

 慧が常に身につけている腕時計は、大学入学時に祖父から贈られたものだという。もっといいものを買う金はいくらでもあったはずだが、丁寧に手入れしながら大切に使っている。

「棺桶にまで持っていく気か?」
「さすがに一緒に燃やすわけにもいかないしな。俺が死んだあとは、お前の子どもにでも譲るさ」
「子どもねぇ」
「まだ考えていないのか? いずれは欲しいって、律さんも言っていただろ」
「そうだな……」

 子どもどころか、最近は夫婦らしい時間すらない。
 仕事と食事、睡眠以外の時間は、すべて絵につぎ込んでいる。しかも、制作部屋でそのまま寝てしまうことも多い。触れ合うことも、ほとんどなかった。

「絵に集中するのはいいけどな。律さんのことも、ちゃんと見てやらないと。愛想を尽かされるぞ」

 もしかすると、すでに愛想は尽きているのかもしれない。慧の言葉が、なぜか妙に引っかかった。
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