至上最幸の恋
 日展で評価されることがゴールではない。オレは、普遍の美を描きたいんだ。
 そのためには、もっと多くの景色と出会って、その美しさを心に焼きつける必要がある。

 それができていないのは、決して律や仕事が足枷になっているからではない。オレがひとりで勝手に荷物を背負いすぎていただけだ。

 やはり、妻との会話より絵を優先させる男が、結婚などすべきではなかった。親に押し切られたというのは、ただの言い訳にすぎない。オレは、孤独と向き合う覚悟ができていなかったんだ。

 鬱々とした気持ちのまま帰宅すると、ダイニングテーブルには夕食が準備してあった。

 その鶏そぼろ丼を電子レンジで温めたはいいが、なかなか箸が進まない。いつも仕事のあとは空腹で仕方ないのに、今日はまったく食欲が湧かなかった。
 
 律はいま、どこでなにをしているのだろう。一体、誰と一緒にいるのか。
 考えが次々と頭をよぎる中、なんとか夕食を胃に流し込んだ。

「ただいま」

 玄関で声がした。
 ダイニングでぼんやりしているうちに、かなり時間が経っていたようだ。もう23時近い。

「おかえり」
「あら、ご飯はいま食べたの?」

 律に変わった様子はない。控えめなセーターとスカート。化粧も薄い。いつも通りだ。

「いや、帰ってきてすぐ食ったんだけどな。少し考えごとしてた」

 なにから話せばいいのだろう。言葉が出てこない。
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